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減築

この前見ていたニュース番組で、「減築」という言葉を知りました。家を広げる「増築」の反対で、床面積や部屋数を減らす「減築」。高齢で子ども達が独立した老夫婦などが、自分たち二人の暮らしに合わせて部屋数を少なくすることで、掃除やメンテナンスなどの手間を減らすことだそうです。

ニュース番組ではそういった住宅での減築に加えて、公園・道路・橋等の公共施設についても、日本全体の人口減で使用頻度が減っていくけれども、大量に保有したままだと維持管理費用が莫大にかかるので、予算の関係でメンテナンスがおろそかになり事故が起こるのを防ぐためにも、減築の必要性が出てきているというような話でした。

個人的にも、減築ではないですが、正月に部屋の掃除をして持っている本・CD・DVD・ゲームソフトなど全て、計800点ぐらいをリサイクルショップで処分しました。よくもまぁこれだけ買って読み聴き観て遊んだものだと思いますが、物量としても相当なもので、大きめの段ボール12箱分。それだけの量が減ったので、部屋の中はスッキリ、というか今までそれしか置いていなかったので、部屋の中がスッカラカンになりました。

空間が空く、というメリットももちろん大きかったのですが、それらを把握・管理・掃除しなくていいという心のスッキリ感の方が大きかったように思います。もしまた必要になったら再度買えばいいし、実際の所また必要になるものなんてほとんど無かったりするもの。そして、その中でも捨てなかった本が2冊だけあり、本当に残しておきたいものってこれだったんだなと、自分が何を大切にしているのかという事を、改めて知ることが出来ました。

今年は仕事以外のすべての出来事を
必然ではなく偶然と捉えて生きてみよう。
楽しくなりそうだ。
(でむ)

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iPhoneの中にあった画像いくつか

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新しい光

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半年間充血しっぱなしだった目が、一滴で元通りに!
さすが目薬。
もっとはやく買えばよかった。

今年は、新しいことにどんどん挑戦!
・・・というよりも、今あるものに目を向けて、
じっくり取り組んでいきたいと思います。

やりたいことがたくさんありすぎるので、
ちゃんと計画を立ててすすめたい。です。
がんばります!

会社員だった頃から、
ずっと私の机上に立てられている本があります。
『広告のバックボーン copycapsules ハル・ステビンス著』

いつの頃からか随分と色褪せ、
天、地、小口は、
特に濃いカーキに染まってしまっています。
何年か前に、ページが分散するのを恐れて、
保護のつもりでセロハンテープを貼ってしまった縁部分は、
まるで錆びたような印象です。

この本の背を見つめるたび、
いつも、申し訳なさとともに、
届ける当てのない感謝の思いで、
胸が詰まります。

今から十三年前の夏。
コピーライターの肩書きは持っていたものの、
機能するフレーズの一つも絞り出せず、
自分に対して、いつも苛立ちを覚えていました。
すがる気持ちで電話したのは、
愛知県春日井市にある母校の広報課。

大学時代、サークルの活動でほんの少しお世話になったという、
今思えばとてつもなく失礼なきっかけを持ち出して、
一人の男性を頼りました。

「とりあえずお出でなさい。会って話をしましょう」
貰ったありがたい言葉を蜘蛛の糸のようにたぐり、
特急に飛び乗りました。
久しぶりに足を運んだ大学で待っていてくれたその人は、
以前より目尻の皺が増えていた記憶があります。

様々な思いをストレートに伝えると、
その人は、おもむろに立ち上がってロッカーの扉を開け、
中から一冊の本を取り出すと、私に差し出しました。
「まずはこれを読みなさい。ぜんぶ詰まってるから」

ロッカーを開ける際に私へ向けた大きな背中が、
なぜか妙に印象的でした。

本について少し話した後、
その人は、私にコピーライティング専門の制作会社を
紹介してくれました。

二年ほど働かせてもらった後、
私は家庭の事情で帰福したのですが、
あの期間の勉強が今の基盤になっているのは、確かです。

福井に戻ってからは、
その人に、お中元とお歳暮を贈りました。
貰った恩へのお礼として相応しいとは
とても言えませんでしたけれど
何かせずにはいられなかった。

しかし、二度ほど贈った後だったでしょうか。
その人から一通のハガキが来ました。
「いつもありがとう。でも、今後は遠慮します」
お礼をする手段を打ち切られ、とても残念な思いでしたね。
でも、同時に、机上を見つめながら決心しました。
「一人前になったら、この本を持って挨拶に行こう」

それから三年後でした。その人の訃報が届いたのは。

あれから、一人前になれたかどうかはわからないけれど、
この本はいつもそばにありました。
再び会社員となった時も、独立した時も、会社を設立してからも。
変わらず、眺めるたびに、そっと背中を押してくれます。

(年明け早々湿っぽくてすいません。
 でも何だか急に思い出してしまって)

どもです。ハセガワです。

ボクは正月がちょっと苦手です。
それは「あけましておめでとうございます。」がうまく言えないから。。
滑舌が悪いボクには、「あけまして、、」はちょっとレベルが高すぎます。
「今年も宜しくお願いします。」まで言い切る事は、ほぼ不可能に近いんです。ほんと。
「お世話になります。」はなんとかごまかして凌いでるんですけどね。ハハハ。

はやく正月気分な日々が終わればいいのに。。

そんなこんなですが、今年もいろいろヨロシクお願いします。

みんながハッピーでいい年でありますように。


今日は真空ラボでは大掃除でした。
会社の中をきれいきれい〜♪

自分が使っているキーボードを
久しぶりにきれいにしたのですが、
ほんとに汚くてビックリでした。
日頃からきれいにすることを
心がけなくては...

そして、お決まりの
大掃除の日のお昼ご飯は、
みんなで "けんそう蕎麦" へ行き、
たらふく食べた後で、ウッディでちょっと一服。

こうして、真空ラボの1年が終わるのです。


今年も残りわずかですね。。。
新年には、また元気な姿で
皆さまとお会いできることを
楽しみにしておりますっ!

では、よいお年を〜♪

自分の車ではないんですけど、最近時々プリウスを運転するようになりました。基本的に車は単なる移動手段で、まともに走ればいいから車にお金を使うんだったら新しいパソコン買いたい!という考えなので、今自分が乗っているのも9年ぐらい前に買ったヴィッツ。特に不満も無く過ごしてきました。

そんなんだったのですが、プリウスを運転してみたら、はじめて車っておもしろいな、と思ったのです。たぶん気に入ってしまったのはハイブリッドだからで、これまでの「動力で動く機械」という感じがしなくて、「ソフトウェアの集合体が動いてる」感がするのが、ツボにはまったのではないかと。

キーを回してブルンと音がするのではなく、パワースイッチを押したらウィーンという感じで立ち上がる。モニターも現在の燃費やエンジンとモーターの稼働状況がリアルタイムで表示されたり、加速の感じも「ぬるっと」というか「シームレスに」というか、そんな感じで動きます。

走り屋の人とかにはそういうのは邪道でガソリンエンジンがいいんでしょうし、今の車はどれもそんな感じなのかもしれず僕がただ車事情に疎いので新鮮に感じているだけなのかもしれませんが、iPadやiPhoneのような、パソコンというかソフトウェアを動かした結果によって車が動いている感、みたいなのがして、そのあたりにはまってしまったのでした。

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年末年始の営業案内

いつもありがとうございます。
誠に勝手ながら年末年始の営業は、
下記の通りとさせていただきます。

12/27(火)営業最終日
28(水)大掃除
29(木)〜1/4(水)お休みをいただきます
1/5(木)営業開始日

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ひとり軍議

たまに、ある建築業界のクライアントの依頼で
内覧会告知の折込チラシを制作することがあります。
そのときぼくは三国志の軍師さながら
攻めの布陣を張るための「ひとり軍議」をひらきます。

我が国の主はクライアント。
兵はチラシ。
攻めるは内覧会会場。
(クライアントの作った会場を攻めるとは設定にかなり無理がありますが)

もちろん県下全域に兵(チラシ)を配置すれば
攻めるのは容易。
しかしそれでは遊ばす兵も出てくるというもの。
十分に鍛え上げた、一騎当千に値する兵
(クオリティの高いチラシ)を持ってすれば
限られた少数精鋭で落城させることができる。

台に広げた大きな地図をにらみつけ
兵の数を調整しながら布陣を張っていく。
いや、付箋を貼っていく。
川より南側に5,000。
距離は近いが線路が横切っている分、そっちは放っておこう。
そのかわり反対側のこの街道は利便性が高いから
かなり遠くまで兵を配置した方が良さそうだ、8000。
などと、地形の特性を考慮しながら進めていく。
もう気分は孔明。

そうして新聞に折り込まれた兵たちは、
内覧会当日、配置先のご家族を連れて会場に攻め入る。
無事城までたどり着けた兵とご家族の数が多ければ
軍師としては職務を全うしたことになる。

はてさて、明日の城攻めはどうなるだろうか。
みなさん、もし朝食時、うちの兵に出会ったら
お供してあげてください。

(株)エクリュ
「茶嬉の家」内覧会 12/3(土)4(日)

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ecru leaflet

(でむ)

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せってん

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紙とペンさえあれば、なにかしら描いている気がします。

手を動かして、言葉じゃなく、ビジュアルで気分をとらえる。
気負わない線は、とてもゆるくて、へたくそだけど
不思議と愛着がわくものです。


絵がうまくなりたい、とつねづね思うのは、
誰かにほめてほしい訳ではなくて(もちろんほめられたらうれしい)
頭に浮かんだイメージをそのまま紙に留めたい、という欲求から。
色とかたちと雰囲気。
想像では、かなりいいかんじの絵がみえています。

でも、かきとめた瞬間。
それはするりと逃げていってしまいます。
頭の中で音楽を再生する事はできるけれど、
実際演奏できるかというとそうではない。のと、おなじですね。たぶん。
いや、ちょっとちがうか笑。まあでも似ていると思います。

圧倒的に技術(主に見るちから、それから描くちから)が足りない状態で、
それでも納得できるものを描きたいんですよね。
キャンバスにむかう時は、それなりの覚悟と気合が必要です。
そんなプレッシャーがないので、ドローイングは気楽。

ドローイングは反射みたいなもので、何も考えていなくてもどんどん描けます。
とてもリアルタイムなかんじ。
そのときの気分、目の前のモチーフ。手が記憶しているかたち。
頭の中のイメージをまるごと取り出してやるぜ!という意気込みがない。
(場合によっては、イメージをより具体的にするために試行錯誤する
ドローイングもありますが、そちらは私の中ではエスキースに入ります。
というか、一般的にそうなのかも?もはやカテゴライズしなくていいのかも?
自分でもよくわかってないままつらつら書いているので
分かりにくい文章になっていて申し訳ないです・・・)


なんにせよ、手を動かす事はだいじだなあと思います。
描きたいものがかけなくて、うんうん苦しむのもたのしいのですが、
ゆるゆる気分よくらくがきするのもたのしいですよね。
気分よく、っていうのがミソなんですが、
うまく描けてると気分もどんどん良くなるはずなので(たぶん)
技術的にも、表現力という意味でも、やっぱりもっとうまくなりたいな。


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