若い頃に自分にかける負荷は、
後の長い道のりを支える、
筋力になると近頃つくづく思います。
いま、いろんな舞台において
活躍する人で、
「駆け出しの頃は、楽してました」
という人は少ないから。
天才肌と呼ばれる人も、
肌だけでは、
天才になれている人はほとんどいません。
その下にある筋力を、
どこかの時点で鍛えています。
では、負荷をかけるのは、
若い頃だけでいいのでしょうか。
ベテランでも、
成長を続ける人は、
負荷をかけ続けているように思います。
無理をかけるのではなく、
負荷をかける。
負荷は、投資。
昨日は、とある広告代理店の
CDの送別会でした。
とても盛り上がるなか、
あっという間に時間が過ぎていきました。
(社内に残って働いていたみなさん、ごめんなさい)
世間で、怖さと厳しさで知られる
ディレクター氏だったのですが、
送別会では、ここぞとばかりに
いろんな温かい反撃(?)にあっておりました。
あたりまえですが、
厳しいということは、
責任感がある、ということ。
叱るということは、
期待している、ということ。
直属の部下だったTさんは、
いつも大変そうだったけれど、
正直、厳しい上司がいることがうらやましかった。
今はつらいことも多いでしょうが、
そのうち、きっと、大きくはばたいて、
恩返しされるんでしょうね。
僕及び、弊社としては
それほどたくさんは
おつきあいさせていただく機会が
なかったのですが、
ほんの少しでも関わらせていただいて
本当にありがたく思いました。
世の中には、
できないことを正当化するための
理由を考えるひとがいます。
先日、ある提案をさせていただいた企業の
ある担当のひとが最初そうだった。
何よりも先に、
自分ができないことが、
「しょうがない」という。
できない理由がわからないのなら、
本当にしょうがない。
でも、理由がわかっているのならば、
それは実は改善のチャンス。
保身への想いはわかるけれど、
チャンスを逃している意味で、
そのひとにとってもマイナスだと思うのです。
できない理由を正当化するのではなく、
できない理由を新しい出発へのきっかけにしてほしい。
最終的にその担当者は、
とくとくと話した結果、理解をしてくれて、
新しい企画を起動させることになりましたが。
できない理由は、
できる理由の卵。
(とら)