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今年は仕事以外のすべての出来事を
必然ではなく偶然と捉えて生きてみよう。
楽しくなりそうだ。
(でむ)

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iPhoneの中にあった画像いくつか

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ひとり軍議

たまに、ある建築業界のクライアントの依頼で
内覧会告知の折込チラシを制作することがあります。
そのときぼくは三国志の軍師さながら
攻めの布陣を張るための「ひとり軍議」をひらきます。

我が国の主はクライアント。
兵はチラシ。
攻めるは内覧会会場。
(クライアントの作った会場を攻めるとは設定にかなり無理がありますが)

もちろん県下全域に兵(チラシ)を配置すれば
攻めるのは容易。
しかしそれでは遊ばす兵も出てくるというもの。
十分に鍛え上げた、一騎当千に値する兵
(クオリティの高いチラシ)を持ってすれば
限られた少数精鋭で落城させることができる。

台に広げた大きな地図をにらみつけ
兵の数を調整しながら布陣を張っていく。
いや、付箋を貼っていく。
川より南側に5,000。
距離は近いが線路が横切っている分、そっちは放っておこう。
そのかわり反対側のこの街道は利便性が高いから
かなり遠くまで兵を配置した方が良さそうだ、8000。
などと、地形の特性を考慮しながら進めていく。
もう気分は孔明。

そうして新聞に折り込まれた兵たちは、
内覧会当日、配置先のご家族を連れて会場に攻め入る。
無事城までたどり着けた兵とご家族の数が多ければ
軍師としては職務を全うしたことになる。

はてさて、明日の城攻めはどうなるだろうか。
みなさん、もし朝食時、うちの兵に出会ったら
お供してあげてください。

(株)エクリュ
「茶嬉の家」内覧会 12/3(土)4(日)

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ecru leaflet

(でむ)

休みの日はほぼ一日庭で過ごすことが多いです。
といっても、優雅にお茶飲んでって訳ではなく
スコップで重い粘土質の土掘り返したり
ごろごろ出てくる石(岩っぽいモノもある)運んだり
草むしりしたり、虫と格闘したり。
つまり土と汗にまみれた肉体労働です。
これが普段パソコンの前で一日中座ってる僕にとって
最高に楽しい時間になるのです。

でも庭仕事も普段の仕事(デザイン)も
筋肉を使うということ以外、やっていることは結構似ています。
庭の場合、頭の中や紙面で整えたイメージを
お天道さんの下でスコップを持って
等身大で植物をレイアウトしていきます。
仮植えし、いろんな角度から美しく見える向きや間隔、
ホワイトスペースなどをチェックしながら
庭中をうろうろと動き回るの繰り返し。
まるで自分が小さくなってモニターの中で
直接文字やや画像を触っているかのよう。
当然マウスでドラッグや、Command+Zは使えませんが、
この体全体を使っての1:1(等身大)のデザイン作業が
楽しいってことなんだと思います。

他に似ているところと言えば、時間軸を頭に置くということ。
デザイナーは自分の手を離れたあと、
どうなっていくかを想定しながら作業しなくてはいけません。
ポスターは貼る場所によってすぐに色あせるし、
冊子は人の手に渡れば汚れるし折れます。
ロゴやマークは奇をてらうとすぐに飽きられます。
そこを考えないと、いくらミリ単位の調整で仕上げても
ただの自己満足になってしまいます。
庭いじりで言うならば
最初に美しく配置したつもりでも
なかなか思ったとおりに育ってくれないのが植物の常。
葉っぱが虫に食われたり
思わぬ方向に枝が伸びたりします。
なのでその植物がどんな動きをしても
対応できる大らかなレイアウトをすると
自然と良い感じの空間になる気がします。


ま、いろいろだらだら書きましたが
一番の共通点は
どちらも終わったあとのビールはうまい
ということです。

野良仕事焼けデザイナーの戯言でした。
(でむ)


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親指様々

昨日フットサルで慣れないキーパーやってて
左手親指付け根の筋をやっちゃいました。

シュートをセーブしようとして体制崩して
床にズザーッと滑らすように手をついた時、
グローブのグリップが予想以上に効いて、
親指の上に全体重が乗ってしまった感じです。
帰ってシャワーで汗を流した後、
体があったまりまくって、じっとしていても
じんじんじんじんと激痛が走りつづける。
氷水でしばらく冷やして、湿布して寝たら
今朝、だいぶん腫れはひいて一安心。
でもあかんなぁ。
仕事上、手だけは気をつけてたのに。
幸い、利き手じゃないので、マウスを握るわけじゃなく、
タイピングにもそれほど支障はありませんでした。

でも、日常生活で親指が使えない
というのはなんとも不便です。
物を持ったり摘んだり回したりする時は、
親指が支点になる場合が多いものです。
ドアノブをまわす時や、
床に落ちたコインを拾う時のように。
仮に、親指を使わずにコインを拾おうとすると、
他の指が慣れない支点の代役をして、
えらく時間がかかってしまいます。
物理は苦手なので、うまく話せないですが、
ややこしいこと抜きにして、親指が使えないと
とにかく物を挟みにくい。
靴ひもすら結べない。
親指は指の中でも「要」的な存在で
すごく大事ってことなんです。
親指様々です。

年なのか、集中力が足りないのか、
フットサルをしていると良くケガをします。
足首捻挫したり、なぜか肋骨折ったり。。。
その度にそういうことを思って、
足首様々、肋骨様々と、
普段健康でいられることに、
いろいろと感謝したりしてるわけです。

それにても第一指のことを
「親指」とか「お父さん指」とか
昔の人はうまく言ったもんだなぁ、と感心します。

(でむ)

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引き継がれるもの

自転車屋を営む実家の倉庫で
何か面白いもんないかなと物色していたら
埃をかぶった小さな道具箱がでてきた。

幅15cm、高さ20cm、奥行30cmほどの
こぢんまりとしたサイズで縦3段の収納。
上段は、天板がフタになっていて
片側に蝶番が付いている。
中段は浅型の引き出し
下段は、深型の引き出し
という感じ。

引き出しの中には、見慣れない工具が
乱雑に収まっている。
聞くと、ややこしい修理をするときにたま使う
普段は出番が少ない特殊工具とのこと。

その変わった形の特殊工具たちにも
興味をそそられたけど、
それらが収められてる埃と油にまみれた
なんとも言えない佇まいの道具箱のほうに
僕の目と心は、奪われてしまった。

きちんと見ると、とても良く作られている。
蝶番や取っ手も格好良く、細工も丁寧。
昔の水屋箪笥をそのまま小さくしたよう。
きっと制作者は、この道具箱を
楽しみながら作ったんだろうなぁと。

この道具箱どうしたの?と、父に尋ねると
なんと、酒造の大樽を作る職人だった
僕の曾じいちゃんが、
鑿とかを入れるために作ったものだという。

それを聞いて
とてつもなく感動してしまった。
80年以上も前に作られたものが、
身内で代々引き継がれて、職は違えど
今も現役で使われている。
道具箱をなでながら、
だからこの佇まいなのかと納得した。

で、普通なら、そこまで感動したのなら、
道具箱よ、このまま現役で実家のために働き続けてくれ。
と元の位置に戻すのだろうけど、
悪い虫が騒ぎ出してしまって。

今、なぜかわが家にあります。

実家の道具箱があった場所には
MUJIのポリプロピレンの収納ボックスが。
ごめん、おとうさん。

すぐに使うあてなんてないのに
無理やり引き継いでしまった道具箱。
ちゃんと、がたつきも直して
キレイに拭いてあげた。
とりあえずは
眺めてるだけで幸せになんだけど
はて、僕の代ではどういうふうに使おうか。

ちなみにいずれ娘たち渡して
裁縫箱にでもなればいいな
なんて思ってる。

(でむ)

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味のあるもの

味があるものによく惹かれます。

家の中だと、手垢が付いたツヤツヤの机や手すり、
外に出れば、錆びたトタンや銀鼠色の杉板、
色あせたプラスチックなど。
摩擦や風雨などで何年も掛けて
変化していった様子を感じて
愛おしくなったりします。
人も同じ。
いろんな経験を積んだ年配の方は
格好よくて、尊敬します。

反対に
真っ新なものにも惹かれたりします。
味というのは、
いきなり出てくるわけではく
時間と経験によって
じわじわと深みを増していくものです。
真っ新なものは、
その経過をイメージするだけで
幸せになれます。
人でいえば赤ちゃん。


ちなみに苦手なものは
新しいのに味を上塗りしたような加工品。
アンティーク加工、ビンテージ加工。。。
人でいえば上っ面だけって感じかな。
あと、新品を買って故意に傷つけること。
新しいのが恥ずかしいという気持ちから
買ったばかりのスニーカーやジーンズを
砂場にいって転げ回って汚すという感じ。
(って、今そんなやついないか)
でもそんなの何ヶ月か履いていれば
自然と味は出てくるものです。
味はやっぱり出てくる過程を楽しむものだと思う。
だいいちせっかく新品で買ったのにもったいない。


話を戻して。。。

味は永遠に増していくものではなく、
いつか抜けていく時があって
そして朽ちていきます。
その弓なりな儚さも
惹かれたり愛着がもてる
理由なんだと思う。
素の材が全うに生きる様は美しいものです。

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とはいえ、もう5年以上着ている
どこのブランドかも分からないこの服は、
そろそろ朽ちていく段階に入っていて
最近あまり出番を与えられていない。
もうちょっと悪あがきをするつもり。

着られなくなるくらいボロボロになったら
タオルにして第2の人生を送ってもらおう。

で、さらにボロになったら額に入れて飾ったり。。。

(でむ)

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ごちそうさんま

今日も予想気温は36度。
9月になってもまだまだ暑い。
でも、朝晩涼しかったり、
トンボが田んぼに群がっていたり、
秋の草花が咲き始めたり、
それなりに秋にはなっているようです。

というわけで先週末
秋の旬、生秋刀魚を味わいました。

今年は値段が高いと言われているけど
日によってかなり差があるようです。
一尾100円の時もあれば300円の時も。
ちなみにこの日は200円ほど。

さんま


久々に食べる生の秋刀魚はうまい。
僕は開いたやつも好きなんだけど
やっぱり丸のままの秋刀魚は
なんといってもワタが御馳走です。
変な苦みがなく、身と絡めて食べると
ビールがとまらない。
大人になって良かった。と実感します。
もうちょっと涼しくなってきたら
日本酒と一緒に。


ところで、秋刀魚を七厘で焼く時
失敗した経験はありませんか?
外側焦げて中身が生とか。

ちゃんと焼くコツみたいなものを、記しておきます。
※あくまで、僕の焼き方です。

出村です。

先日、長女(小学校低学年)とドライブをしていた時の会話。

「お父さんは子供の頃何になりたかった?」
「サッカー選手やなぁ」
「なんでならんかったんや?」
「そりゃおまえ、下手やからに決まってるやろ」
「へぇ、でもまぁデザイナーで良かったんじゃないの?」
「ほや、こっちの方が性に合ってるわ」
「もしデザイナーになってなかったら、たくさんの人喜ばせられんかったやろ?」
「ん?なんで???」
「だってデザイナーって、『良いお知らせ』をする仕事なんでしょ?」

なかなかステキな理解をしてくれるじゃないか。
もう目頭が熱くなって危うく事故りそうになりました。
初ブログでいきなりこっぱずかしい話すみません。

グラフィックデザインという仕事を
子供に分かりやすく伝えるのはなかなか難しいもんです。
でもちゃんと伝えないと、学校で友達に
「お前の父ちゃんって何してるんや?」と聞かれた時
「いつもパソコンしてるわ」という程度の答えに。
そうなると、その友達の家では夕飯時に
「出村の父ちゃん、一日中パソコンしてるんやって」
「ほう、あの旦那さん、仕事もしないでパソコンばっかしてんのか」
「やぁねぇ、外にも出ないで。引きこもりかしら」
という会話が生まれてもおかしくありません。

そりゃイカンと思い、ずいぶん前に
うちの長女にはこう教えておきました。

お父さんの仕事は、、、
例えば、今お前さんが折っている鶴。
それが今までで一番上手に出来て
たくさんの人に見てもらいたいって
思ったとするやろ。
でもお前さんが鶴を折っている事すら
みんな知らんわけや。
そこでお父さんが登場して
みんながその鶴を見たくなるような、
楽しいお知らせを作るんや。
もちろんちゃんとたどり着けるように
分かりやすい地図とかもつけてな。
そういうことを、毎日してるんや。

告知のデザインを例に挙げて、
「分かりやすく伝える仕事」というのを柔らかく説明したつもり。
それを長女は「良いお知らせ」をする仕事と理解したようです。
でも、この何気ない理解は広告の本質です。
広告主とターゲット両方が喜ぶための良いお知らせ。
そのバランスが崩れるとその広告は失敗です。

当たり前のことだけど、改めて肝に銘じます。
「良いお知らせをする仕事」

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