真空ラボでは、年末年始の下記の期間休業とさせていただきます。
・12月26日(土)〜1月3日(日)
年内は12月25日(金)が最終営業日、
年明けは1月4日(月)からの営業とさせていただきます。
宜しくお願いいたします。
真空ラボでは、年末年始の下記の期間休業とさせていただきます。
・12月26日(土)〜1月3日(日)
年内は12月25日(金)が最終営業日、
年明けは1月4日(月)からの営業とさせていただきます。
宜しくお願いいたします。
企業と生活者を
求める者同士で結びつける。
私たちが広告づくりで目指すのは
それ一点に尽きますが、
たまに、おまけとして
うれしいご報告をいただくことがあります。
そのひとつが賞です。
先日、11月4日(水)・5日(木)に
東京ビッグサイトで行われた
「東京ビジネス・サミット2009」。
このイベントには毎年、
会場で最も輝いていた出展企業(商品)が表彰を受ける、
東京ビジネス・サミット大賞というものがあります。
その「快適ライフ部門、部門賞」に
弊社が企画制作に携わらせていただいた
抗ウイルス・抗菌・消臭剤ナノセンスが選ばれました。
出展者600社の中で、5社に選ばれ、
最終的に部門賞を頂いたとのこと。
商品企画から参加させていただいた仕事だったこともあり、
私たちにとってはとても思い入れのある商品。
その商品が評価されることはとてもありがたいこと。
これを糧により向上せねばと思う限りです。
あたりまえに誰かから
教わることができる
仕事環境にいると、
ついつい忘れます。
誰かに教わることのできる仕事場が、
どれだけ貴重かということ。
お金をもらいながら学べることは
もちろんですが、
少人数の仕事場で
誰かに教わることができるのは
もっと大きな価値を持つと考えます。
それは、教える人は教わる人に
もっとも相応しい道のりを用意する
ということです。
いわゆる、
その人だけの
オーダーメイドの成長法。
無駄からも
失敗からも
確かに学ぶことは多いけれど、
教えることが上手な人は
それを含めた道のりを用意します。
だから、
教える側は悩む。
下手すると、
仕事についてより悩む。
現在弊社にも
研修社員が若干名います。
ADに指示されている姿を見ながら、
ぜひ教えるエネルギーよりも大きな
教わるエネルギーを出してほしいと
思います。
(とら)
昨日は、
あるクライアントから
ご紹介いただいた方のところへ。
弊社は、
あらゆるメッセージ制作の
起点となるブレーンは揃えていますが、
「営業」という肩書きを名刺に書いたメンバーは
在籍していません。
だから、
それぞれのメンバーが
営業的役割をこなしてはいます。
しかし最も優秀な営業マンは、
誰かと言うと、社内にはおりません。
じゃあ外部か、というとそうでもない。
私たちが思う最も優秀な営業マンは
当然ですが、自分たちが行った「仕事」そのもの。
といっても、
それは制作物としてできあがったものだけを
指すのではないと思います。
信頼をいただいたクライアントとともに
コミュニケーションづくりを行い、
要求に応えること。その過程を含めた結果。
そこで得た信頼以上に、
弊社にとって力強い営業マンは
多分いないと思っています。
大変なようにも聞こえますが、
クライアントとの信頼関係が生んだ
新たな信頼は、私たちにとっては、
「ご褒美にご褒美がついてくる。」
そんな感じ。
まったく素敵な仕事です。
(とら)
お店などに行くと、
広告と剥離した状況と
たまに出会う。
制作者の思いの
一人走りだけが目立って
なんだかとてもちぐはぐ。
広告ブランディングは、
本来持ち合わせていない魅力を、
無理矢理くっつけることじゃないと思う。
情報整理と、
それによって生まれたアイデアで
その企業や商品の
本来持ち得る魅力を
最大限に引き出すことだと思う。
だから、
丁寧に手順を追って
ブランディングされた広告は、
お店や企業の表情やふるまいと一体。
とても自然な流れで
人を引き寄せ、顧客を創り出す。
人も、企業も、商品も、
自分以上の歌は歌えない。
(とら)
ちょっと前に、
企画書作りで
頻繁に陥っていた罠。
理論をスムーズに繋いでいくのが
あまりにも気持ちよい時。
ついつい右脳で検証せずに
コンセプト開発まで行ってしまう失敗。
理論的には正しい考えや構成でも、
右脳的に考えると、
「ありゃりゃん」ということはよくある。
右脳的というよりも肌感。
その立場になって、
言葉やルールを眺めてみて、
つまり、自分の肌で感じてみる。
もし、違和感を覚えたら、それはきっと空論。
理論と肌論の両輪が
一つになって動いてこそ、
企画は欲する結果に向かって
ビューンと走り出すのだと思う。
(とら)
先週末は、
1日のあいだに、
2種類の人と打合せを行った。
表現に対して
執着する人と、展開する人。
執着する人は、
ひとつの答えを持っているが、
そこから動くのを拒む場合が多い。
ワンメッセージを発信するのには
いろんな表現があるはずなのに、
「これ」と決めたらそこから動かない。
コンセプトや基本軸を守るのは大切だけれど、
表現の幅を狭めてしまうことは、
ものづくりをしている人間としては危険。
対して、
展開する人は、
ひとつの答えも持ちつつ、
周囲の声を取り入れながら、
どんどん新しい表現を想像する。
こういう人との対話は、
時に、求めていた課題についての
ブレストの域を飛び出し、
新しい展開を生むことすらある。
そして、楽しい。
自分の中に答えを持つことはだいじ。
自分の外から新しい答えを引き出すことはもっとだいじ。
ひとりの人間の持つ世界は、そんなに広くない(と思う)。
(とら)
本質を見つめている
クライアントとの仕事は、
スムーズに解決へ向かう。
目先のことにとらわれず、
かつ、目先のことも大事にしているから、
いま必要な行動が何かを的確に話し合える。
それはきっと、
全体が見えているから。
トップの人間か、いち担当者かであるかは、
さほど問題ではないと思う。
いち担当者でも、
会社のためにどう動くかを理解している人は、
会社が俯瞰で見えているから。
物事は、必ずつながっている。
一部は一部のみでは成り立たない。
だから、担当者いわゆるキーマン次第で
仕事の成果は大きく左右される。
極端に言えば、それが全てかもしれない。
そういう意味では、
真空ラボは恵まれている仕事が多い。
効果が出ている多々の案件。
弊社は、隠された真意を聞き出し、くみ取り、
お力添えをしているだけ。
しかし、窓の外が不安。
こちらの本質解決は、
目眩がするくらい遠大。
誰かのイニシアチブを、
誰かはちゃんとくみ取ってくれるのだろうか。
とりあえず、昼過ぎ頃には弱まるらしいけれど。
(とら)
「教育」とは「他人に対して、意図的な働きかけを行うことによって、その人間を望ましい方向へ変化させること。」「学習」とは、「新しい知識の獲得、感情の深化、よき習慣の形成などの目標に向かって努力を伴って展開される意識的行動。」と辞書で説明されています。「教育」は誰かにしてもらうもの、「学習」は自分で行うもの、というニュアンスがします。
学校は、基本的には「教育」の場であろうと思います。何をするにもまず最低限の基礎が必要で、それには効率のよい体系だった習得の順序や理解の仕方というものがある程度あるので、そこで基礎を固める。ただ、それだけではほとんど何も出来ず、その事に学生の時点で気づいて自立的に学習をしていた人が、社会に出てすぐ即戦力になれるのだろうと思います。
会社(=社会)は、「学習」の場であろうと思います。基礎が固まった上で、それをベースにその人のスキルに応じた仕事をし、経験を積み、理解をし、学習し、次の仕事にそれを活かす。今の自分に何が出来何が出来ないのかを知り、何をすべきかを基本的には「自分」で理解し取り組むべきものだろうと思います。
最初の頃は間違いもあり失敗もあるのですが、始めの頃に任されるリスクの少ない仕事で間違いや失敗をして「やばい空気」みたいなものをつかんでおかないと、後々任される大きな仕事でリスクの高い失敗をしがちです。こういう初期のプロセスはよく「努力」と言われますが、この言葉は本来の意味と若干違う形で受け取られることが多いので、「訓練」と言った方が適切かもしれません。
著者撮影(ネタ切れのため、笑顔のデムリンコをお楽しみください。)

(城東のおっさん)
明日から、「かよこ女度UP計画!!」でおなじみのかよちゃんが元気な赤ちゃんを産むため産休にはいることになりまして、本日がいったん最終日となりました。というか、こういうお知らせは自分でした方がいいと思うんですが、本人が「おつかれさまでした〜♪」と爽やかに帰ってしまったため、おっさんが代筆です。

最終出社日だというのにまったく片付けをする気配のないかよちゃんがいそいそと片付け始めたのが夕方。間際になるといろいろとあれどうするんだっけ的な事が発覚し、一つ一つに対応していたらすっかり夜に。すべて終わって明日普通に出社するようなテンションで帰ろうとした所、スキャナの中に何かがあるのを発見。

スキャナを開けると、「寿(お家に帰ってみんなで選んで持ってきなさいクーポン)」と書かれた封筒が。真空ラボ一同から、旅行やエステや赤ちゃんのおもちゃなどの中から、ひとつ好きなものを選べるクーポン券をプレゼントしました。

真空ラボに入社して約2年。デザイナーとしてのキャリアがいったんお休みとなってしまう事は本人も無念だと言っていましたが、元気な赤ちゃんを産んで、しっかり育てて、また真空ラボでいっしょに働ける事を、おっさんも待っております。ひとまず、今日までお疲れ様でした。
おまけ(入社当時のかよちゃん)

(城東のおっさん)