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「まんが日本昔ばなし」

ぼうや~良い子だ寝んねしな~、の、

ざぁ~っと龍がでてくる、

かっこいい、懐かしいまんが。

いつの間になくなってたんでしょう。

あの歌が聞きたくてたまりません。

物語の後ろに流れる、ふんわかふんわかした音も。

やっぱり「昭和」がいいなぁ。

お久しぶりです。
たにぐちです。

1年間の育児休暇を終え、
11月より職場復帰しました。

育休。
あっという間の1年でした。

毎日バタバタと過ごしてましたが、
しっかりと子どものそばで
成長を見守ることができ
とてもありがたい1年間だったなぁ、
と思っています。

まだまだまだまだ
リハビリ中な感じはありますが、
一生懸命やっていきます。


これからも
よろしくお願いいたします。


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息子は1さいになりました。
おかげさまで元気いっぱいです。

11月末。

はぁっと吐いた湯気のような息。
もはや背景を雪景色にしても違和感のない、
道行く人たちの服装。

ついこのあいだまで
暑い暑いと言っていたのに、
いつのまにか年末の足音が聞こえています。

仕事でなんとなくばたばたし、
家庭でもほんの少しそわそわ。
でも、どこかわくわくしている様子があります。

年末の迎え方はそれぞれですが、
生きてきた年の回数だけ経験する年中行事。
でも、毎回、気忙しくなり、
また、心をおどらせる。

何でもかんでも
みんなすぐに飽きてしまう中で、
毎年やってくる行事を味わえるのは、なぜでしょうか。
それはひょっとしたら、
歳をとっているからなのかもと最近思うんです。

歳をとるたび、
世の中が変わり、周囲の関係が変わり、
身体的な状況が変わり、考え方が変わり、
持っている夢や希望、悩みも変わる。

だからこそ決して飽きずに
その年その年、いやその歳その歳の年末を
過ごせるのかなと思います。

年末よりも歳末という呼び方のほうが
親近感を覚えるのは、
「歳」が年齢を表すことによく使われるから
という理由だけではなさそうです。

さて、今年の歳末。
できれば、今の歳に立つ自分に喜びたいところですが
残り一ヶ月で何ができるでしょうか。

(虎)

11月も後半、嘘みたいに良い天気が続き
ソワソワする毎日です。

紅葉をたっぷり楽しまなくてはなりません。

いい色の葉っぱも大分スカスカしてきました。

冬、もうちょっと待っててください。


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芝生、素足には痛いっす。

ある大学の大学祭実行委員会
(大学祭の企画や制作、運営を裏方でやる係)をしていた
学生との会話。

「大変だった?」

「大学祭をつくる際の、大変なこととか、
 やり終えた後に感じる達成感とか、
 最初からだいたい予測はしてたんですけどね...」

最近の若い子たちには
(っていう僕は老けたなあ)
誰かが「悟り世代」などとネーミングするくらい、
何かをやる前から、やれば得られるものや
やれば失うものを悟っている子が多いと言われます。

これには僕にも実感がありました。

仕事で高校生の取材などをした際に、
自分がこれから歩む道の先にあることを
やたらと見通している子が多い。

ただ、大人以上に賢いなあと思う反面
違和感も覚えていたんです。

当たり前のことだけど、
何か初めてのことに取り組む時には
想定外のことが起きる。

ひとつのプロジェクトを遂行する道に、
思ってもみなかった、
自分では乗り越えられない障壁が
次々と立ちはだかる。

でも、その時の自分が乗り越えられない障壁も、
自分が成長することや誰かの手を借りることで
乗り越えることができる。

この時点で、自分の中に残っている最も大きな存在は、
きっと、考えてもいなかった努力のエネルギーや、
考えてもいなかった誰かの助力。
終わってみると、それがすべてになっていたりするんですよね。

「すでにわかっていることなんて、
ほんとちっぽけで。」

そう言って恥ずかしそうに笑う元大学祭実行委員の子は、
決して大人びてはいませんでしたが、
これから得るものが計り知れなくて、想定なんかできなくて、
やっぱり若いっていいなあと
思ってしまいました。
(やっぱり老けたなあ。苦笑)

(虎)


「自分で気付いてほしくて、
言わなかったよ。」

先日、とある友人が、
自らの夫婦間の問題について
語っていた際に出た言葉。

その時、
「言いたかったけれど、言わなかった。」
という瞬間は、
一日の中に何回くらい
あるのかなとふと思いました。

思ったことはすべて言わずにいられない。
という人もいるだろうけれど、
そうじゃない人のほうが
多いんじゃないかと思います。

気持ちの奥から
ざざっと押し寄せてきた想い。
その波は
言葉になって口から出ようとするけれど、
誰かのために、もしくは、
何かのために、気持ちの中に押しとどめる。

思ったことを発しないのは、
「ため込む」「抱える」みたいで、
ストレスをつくる原因のように受け取られやすい。
でも、それだけじゃないと思うんです。

言わなかったからこそ、
防ぐことができた。

言わなかったからこそ、
わかってもらえた。

言わなかったからこそ、
分かち合えた。

「言わない」ことで
より強く伝わる言葉を
大切にしたいです。

(虎)

 
きれいな空をみるのが好きです。
 
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一番星を見つけるのは楽しいです。
 
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虹を見たときは嬉しくなります。
 
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明日も頑張るぞっ。
 
 
 

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味のあるもの

味があるものによく惹かれます。

家の中だと、手垢が付いたツヤツヤの机や手すり、
外に出れば、錆びたトタンや銀鼠色の杉板、
色あせたプラスチックなど。
摩擦や風雨などで何年も掛けて
変化していった様子を感じて
愛おしくなったりします。
人も同じ。
いろんな経験を積んだ年配の方は
格好よくて、尊敬します。

反対に
真っ新なものにも惹かれたりします。
味というのは、
いきなり出てくるわけではく
時間と経験によって
じわじわと深みを増していくものです。
真っ新なものは、
その経過をイメージするだけで
幸せになれます。
人でいえば赤ちゃん。


ちなみに苦手なものは
新しいのに味を上塗りしたような加工品。
アンティーク加工、ビンテージ加工。。。
人でいえば上っ面だけって感じかな。
あと、新品を買って故意に傷つけること。
新しいのが恥ずかしいという気持ちから
買ったばかりのスニーカーやジーンズを
砂場にいって転げ回って汚すという感じ。
(って、今そんなやついないか)
でもそんなの何ヶ月か履いていれば
自然と味は出てくるものです。
味はやっぱり出てくる過程を楽しむものだと思う。
だいいちせっかく新品で買ったのにもったいない。


話を戻して。。。

味は永遠に増していくものではなく、
いつか抜けていく時があって
そして朽ちていきます。
その弓なりな儚さも
惹かれたり愛着がもてる
理由なんだと思う。
素の材が全うに生きる様は美しいものです。

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とはいえ、もう5年以上着ている
どこのブランドかも分からないこの服は、
そろそろ朽ちていく段階に入っていて
最近あまり出番を与えられていない。
もうちょっと悪あがきをするつもり。

着られなくなるくらいボロボロになったら
タオルにして第2の人生を送ってもらおう。

で、さらにボロになったら額に入れて飾ったり。。。

(でむ)

いや~秋ですね。梨大好きハセガワです。
今日はちょっと写真のおはなし。

テーマ:つよい写真とは?

まっ、いろんな見方はあると思うんですが、ボクは偶然を捉えた写真が一番つよ~いと思うんです。
偶然って言い方がちょっと間違ってるかもですが、奇跡の一枚みたいなやつです。
奇跡の瞬間といいますか。
カワイイ女の子のしぐさでも、一瞬、胸がズッキュ~~~ンってなる瞬間ってありますよね~。
出来ればその一枚も撮って納品したい。

で、そんな偶然を撮影現場で撮るための技を紹介します。

◯ベタな英語を大声で連呼する。(イエ~ス!イエ~ス!みたいな。)
◯ファインダーを覗かずに撮る。(やってるひとは結構いるとおもう。)
◯左手をポケットにいれて右手だけで撮る。(ちょっとかっこつけてみる。)
◯左手で撮る。(もっとかっこつけたバージョン。)
◯モデルにその場で跳んでもらう。(跳んだあとがチャンスです。)
◯モデルにその場で回ってもらう。(これも回ったあとがチャンス。)
◯違う人に撮ってもらう。(実際やるとおもしろいです。)
◯モデルに自分撮りしてもらう。(ながいレリーズをつかって。)
◯たまに自分を撮る。(意味不明。)

こんなことボクがしだしたら協力してください。
奇跡の一枚を求めてます。

こういうことを実際やると、「キモチわるい」ってよく言われます。
でもそう思われる現場では結構いい写真が撮れたりするんです。
モデルちゃんもいつもの仕事とは違った表情を見せてくれるんです。
主導権をボクが握ってるんですね。たぶん。

最後にこんなんもあります。

◯一枚しか撮らない。

これはもう奥義みたいなもんですね。
仕事ではまだしたことないですけど。

一枚しか撮らないよって宣言する事で、現場には今までにない緊張感でいっぱいになります。
モデルちゃんはそのエネルギーに完敗し、誰にも見せた事のない表情をするのです。(たぶん。。)

まっ、一枚しか撮らないから奇跡の一枚になっちゃうんですけどね。ちがうか。

唐突ですが、
「銀紙を歯で噛んだ時のような」
という文章を読むとどんな気持ちになりますか。

銀紙を噛んだことのある方は、
ちょっと顔をしかめたのではと思います。

記憶の中の強烈なイメージを
瞬時に想起させる言葉は、
頭で考える前に感覚をともないながら浮かび上がってくる。

そんな言葉をちりばめながら、
独特の小説世界に誘ってくれる、
僕の大好きな作家が、故・安部公房氏です。

たとえば、

「冷凍ミカンの表面についた氷の薄皮のように、
希望がばらばらと剥げ落ちる。」

「密会」に登場するフレーズです。
どうしてこんなに共感しやすく、
かつ強い言葉が見つかるんだろう。

「濡れた雑巾のような風。」
(砂の女)
「罠から逃げようとすること自体が、罠にかかることなのだ。」
(けものたちは故郷を目指す)
「昆虫屋がざらついた早口で後を続ける。」
(方舟さくら丸)
「〈かいわれ大根〉が脛に自生していた男。」
(カンガルーノート)

それぞれの物語は当然のことながら面白いのですが(心酔)、
直接、神経へ作用するようなレトリックの数々が気持ちいい。
学生時代には、寝る時間を惜しんで氏の著書を読み漁ったものです。

人の持ちうる想像力を十二分に引き出して、
言葉以上のイメージを伝達する言葉。

活字離れが叫ばれて久しいけれど、
このような卓越した表現を見ていると、
まだまだ活字には人を引き寄せる力が
隠されているように思えます。

文章を書く人間の端くれとして
もっともっと、精進せねばと思います。

ちなみに、氏のレトリックが多数掲載された、
こんな本も出版されています。
もちろん愛読書。

「安部公房レトリック辞典」

写真.JPG


(虎)

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