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おっさんが代表をさせてもらっているWCAF(ウェブ・クリエーターズ・アソシエーション・福井)。Vol.1、Vol.2と単体でのイベントを開催した後は、去年11月のCSS Nite、今年1月のWeb・IT技術者大交流会と他のイベントに乗っからせてもらって活動していたのですが、久しぶりに単体でのイベントを開催します。


今回は、デザイナーとエンジニア、二つの視点でのセッションを行います。デザイナー側は、グラフィックからウェブまで手がけるヒュージの中村さん。エンジニア側はRIAの分野を追いかけている伊藤さんです。


詳細は、下記のような感じです。


◎WCAF Seminar Vol.3のご案内

日時:2010年3月20日(土) 13:30開始(13:00〜受付)〜17:00終了(交流会込)
場所:AOSSA 607研修室
内容:
・ごあいさつ(5分)

【セッション1】
・『コミュニケーションの視点から考える
Graphic designerのweb design』(45分)
Graphic designとWeb designを行き来しながら日々仕事で考えている事。コミュニケーションの視点から考える双方媒体の得手不得手や、現場から見る違い、クライアントに関わる時に必要なデザインという考え方を1つの案件を追いながらお話しします。

スピーカー:中村 文信(株式會社 ヒュージ)
中村文信
ブランド構築からコンサルティングまでデザインというフィールドで幅広く活動しているデザイン会社「株式會社ヒュージ」所属。良いデザインで世の中を良くするという考えの基にグラフィックデザインとウェブデザインを中心に手がけている。また実験サイトの設立など、個人としても精力的に活動中。

【セッション2】
・『ぎゅ〜っと濃縮、HTML5』(45分)

開発者の視点から、現在仕様策定中のWeb標準技術であるHTML5、JavaScript APIについて紹介します。新たに追加される要素群、アプリケーションプラットフォームとして重要な機能を担うGeolocation、Web Workers、Web Storage、Data Cache API…etcまで、デモを交えて解説します。HTML5を使うためのTipsも。

スピーカー:伊藤 祥 / shoito
伊藤祥
福井で働くソフトウェアエンジニア、Flex(Flash)を使ったWebアプリケーションやソフトウェア設計ツールの開発をしている。RIAの分野に興味津々、デザイン/開発スキルを兼ね備えた二刀流エンジニアを目指している。HTML5-FITという北陸のコミュニティを主催。

・交流会(60分)
交流会セミナーと同じ部屋で、
ノンアルコールでお菓子をつまみながら情報交換など。

参加費:500円(場所代とおかし代)

定 員:30名

申 込:申込フォームからお申し込み下さい。

興味のある方はご参加くださいませ。

先日アップグレードふくいのイベントとして「Web・IT技術者大交流会」が開催され、おっさんが代表をさせてもらっているWCAFからデザイン・インプルーブメントの吉村さんがスピーカーとして参加しました。吉村さんからは、インタラクティブデザインの開発環境「Processing」について、ライブコーディングをしながら学習プラットフォームとしての使い方を紹介していただきました。

それを見ていて、ふとデザイナーとプログラマーの違いって何だろうな、と思いました。吉村さんの制作風景を見ていると、作っている画面に出ているのはプログラム言語ですが出来上がったのは指で触ると絵が描けるインターフェース。プログラムをしているような、デザインをしているような、どちらでもあるような。

「インターフェースデザイン」や「ユーザーエクスペリエンスデザイン」など様々な言葉が出来ていて、デザイナーはどんどんプログラマーの領域へ、プログラマーはサービスをつくるという形でデザインの領域へと、お互いがお互いの領域に近づいて行く流れになっているのは最近感じています。

僕のやっている情報アーキテクチャも、広く見れば編集・レイアウト・ユーザビリティ・フロントエンドやバックエンドのウェブ技術知識など、それぞれで専門の職種があるような知識を総動員してやっています。なんかもう、デザイナーとか、プログラマーとか、そういう肩書きはどうでもよくなってきているのかもしれません。で、どんな価値を提供できるの?と。

著者撮影(マフラーを粋に着こなすトビー氏)
マフラーを粋に着こなすトビー氏

(城東のおっさん)

ちょっと遅いですが、あけましておめでとうございます。年末年始は昨年1年間を振り返り、今年1年を考える時間を過ごしていました。成果・問題・懸念・期待など、それぞれを洗い出すところまでは比較的スムーズに進み、対応策もそれなりに見えてきました。

でも、じゃあそれを踏まえて今年はどっちに振れようかと考えると、なかなか難しいものです。あっちを立てればこっちが立たず、何かを得るには何かを犠牲にせねばならず、客観的な事実やメリットデメリットの判断は出来ても、それをなかなか決断出来ずに年を越しました。

元旦、産経新聞に掲載されていた元楽天の野村監督と元バレーボール選手・経営者の三屋裕子さんの対談を読んでいたら、野村監督が「データ、データと言われるけど、データは判断材料。『決断』までくると勇気だけです。『判断』までは根拠があるんだけど。」と語っていて、霧が晴れた感じでした。

判断だけして決断出来ない頭でっかちでもなく、何も考えずに決断する暴君でもない、理想を持った現実主義者として、今年一年も集中して、丁寧に、感謝を忘れず、謙虚に、後悔しないよう、努めます。皆様今年も宜しくお願いいたします。

著者撮影(本日が今年初出社でネクタイでビシッとキめたトビー氏。)
ネクタイトビー

(城東のおっさん)

誰かのせいにし始めたら、終わりだと思います。特にディレクターやマネージャーと名のつく人は。誰かのせいにしてしまうというのは、他人が自分の思ったとおりに動いてくれなかったり、期待通りのクオリティで仕事をしてくれなかったりというような状況でしてしまうのではないかと思います。

おっさんもディレクションをし始めの頃に、スタッフがスケジュールを守ってくれなかったり、完成したものが当初の依頼と全然違ったりして、焦りや不満をそのままスタッフに発散して無理矢理やってもらっていた頃がありました。特にスケジュールについては、クライアントとろくに折衝もしないでスタッフに無茶をお願いしていました。スタッフには強いくせにクライアントには弱いディレクターでした。

今でもスケジュールやクオリティの問題には遭遇します。人間が出来ていないので、自分で勝手にイライラしたりすることはありますが、相手にぶつけることは減りました。なんでしなくなったかというと、ひとつは怒っても状況は改善しないし、根本的な原因が解決されていないため、その後も同じ事が起きてしまうということ。もうひとつは、そんな状況を見かねた昔の上司から、「自分の事でさえ思い通りにならないのに、他人の事を思い通りに出来るわけがないだろう。」と言われ、納得したためです。

そもそも、ディレクターというのは、クライアントからの予算や納期や品質などのオーダーに対して、社内スタッフや社外スタッフはもちろん、クライアントも調整してそのバランスを保つのが仕事のひとつであって、クライアントの依頼をそのままスタッフに伝えていてはメッセンジャーというか伝書鳩であって、そんな人はいても邪魔なだけで、必要のない存在なのではないかと思います。自戒も込めて。

著者撮影(トビーの誕生日にあげたボール。1週間で全部噛み砕かれました。)
トビーとボール

(城東のおっさん)

流し読みされると誤解されそうなので、最後まで読んでいただけるとありがたいのですが。この前とある方から、「今の仕事は楽しい?」と聞かれて、「楽しくはないですね。」と答えました。とはいえ、「つまらない。」わけではないのです。今思えば、「楽しいとか楽しくないとかじゃないですね。」と答えた方が適切だったかもしれません。

自分でも言われて気づいたのですが、仕事というものの評価というか判断を、「楽しい」と「つまらない(楽しくない)」の二つで判断出来なくなっていました。おっさんがやっているネット関係のことで言えば、仕事で関わるよりもいちユーザとして使ったり見たりしているだけの方が、楽しいのではないかと思います。

じゃあ何を基準にしているのかと言われれば、こう言うと元も子もないですが、よく分かりません。楽しいか楽しくないかではなく、儲かるか儲からないかでもなく、仕事の規模の大小でもなく、評判がいいか悪いかでもない。いろんな基準に照らしてみても、どれも違うような気がしました。

いろいろ考えた末に一番近いなと思ったのは、「途中」という感覚です。自分の頭の中で描いているものと現実とのギャップの間を、日々起こる大小の想定外の出来事を乗り越えながら、少しづつでもいいから着実に淡々と埋め続ける日々。その「途中」にいるのではないかという気がしています。だから今は、楽しいとも、楽しくないとも、思わないのかもしれません。けして後ろ向きな意味ではなく、という点が伝わるのかどうか不安で、「まだスタートしたばかり」というのが一番分かりがいいのでしょうが、それもなんだかちょっと違う気がして。

著者撮影(寒いので帽子をかぶったトビー)

帽子トビー

(城東のおっさん)

仕事をし始めたばかりの頃というのは、基本的に何も出来ません。なので、指示された仕事をとにかく「なんでもやる」という時期は誰にでもあるのではないかと思います。ところが、仕事を続けていると、出来ることがある程度の幅まで広がっている事に気づきます。

当然「ある程度出来る状態」といってもまだまだ出来ない幅というのは果てしなくあるものなのですが、「何も出来ない状態」から「ある程度出来る状態」になるためには「なんでもやる」という方法で進むことが出来たとしても、「ある程度出来る状態」から「もっと出来る状態」になるためには同じ方法論では通用しないのではないかと思います。

「ある程度出来る状態」から「もっと出来る状態」になるためには、「なんでもやらない」という方法でしか進めないのではないかと思います。全てを受けていては新しいことをやる時間がなくなってしまいますし、それを「がんばる」という謎の気合いでこなしても、長続きはしません。

では、「なにをやらないのか」をどう決めるのかといえば、おっさんは「他の誰かが出来ることはやらない」という判断をしています。逆に、やらない事によって生まれた時間で「なにをやるのか」をどう決めるのかといえば、「市場から求められていることで、競合がしていないことや出来ないことをする」という判断をしています。とはいえ、あまりエッジが立ちすぎると継続性や汎用性がなくなるので、そうならない範囲で。

著者撮影(本を読んでいる途中で寝てしまったトビー)
本を読んでいる途中で寝てしまったトビー

(城東のおっさん)

評価は、することも、されることも難しいものです。数値ではかれるものならまだわかりやすいかもしれませんが、芸術であったり品質であったりというのはなかなか難しいですし、点数ではかれるものでもその点数の設定基準によって千差万別だったりします。

一番わかりやすい人の評価を例にとると、評価対象者(部下)を評価するには、評価者(上司)自身にも一定の評価技術とでもいうようなものが必要で、「はかりかねる」みたいな事をいってたら務まりません。また、評価方法も社内での相対評価なのか市場全体を基準にした絶対評価なのかでも大きく異なります。

おっさんは来年で仕事をはじめて丸10年になり、その間に数社の会社で働く機会がありましたが、同じおっさんに対しての評価は会社毎に全く異なり、それは評点そのものの差もありますが、評価基準自体も大きく異なります。おっさん自身が、成果を出しやすい環境か出しにくい環境かという違いもあります。

数年前から、そういう異なる評価軸に振り回されたくないというか、職場や会社が変わっても同じ基準ではかれるものさしが欲しいと思うようになり、今のおっさんなりに基準としているのは、ありがちですが「去年の自分」と比べることです。環境の違う他の会社の人や年齢の違う上司や先輩と競って焦ってもしょうがないので、スピードなり技術なり品質なりというものが、少しでも去年の自分を上回っているだろうかと自問自答するようにしています。今年のおっさんは去年のおっさんより成長しているのか、師走を越えた年末年始にゆっくり考えたいと思います。

著者撮影(トビーの中でのおっさんの評価はいかに。)
柿とトビー

(城東のおっさん)

「教育」とは「他人に対して、意図的な働きかけを行うことによって、その人間を望ましい方向へ変化させること。」「学習」とは、「新しい知識の獲得、感情の深化、よき習慣の形成などの目標に向かって努力を伴って展開される意識的行動。」と辞書で説明されています。「教育」は誰かにしてもらうもの、「学習」は自分で行うもの、というニュアンスがします。

学校は、基本的には「教育」の場であろうと思います。何をするにもまず最低限の基礎が必要で、それには効率のよい体系だった習得の順序や理解の仕方というものがある程度あるので、そこで基礎を固める。ただ、それだけではほとんど何も出来ず、その事に学生の時点で気づいて自立的に学習をしていた人が、社会に出てすぐ即戦力になれるのだろうと思います。

会社(=社会)は、「学習」の場であろうと思います。基礎が固まった上で、それをベースにその人のスキルに応じた仕事をし、経験を積み、理解をし、学習し、次の仕事にそれを活かす。今の自分に何が出来何が出来ないのかを知り、何をすべきかを基本的には「自分」で理解し取り組むべきものだろうと思います。

最初の頃は間違いもあり失敗もあるのですが、始めの頃に任されるリスクの少ない仕事で間違いや失敗をして「やばい空気」みたいなものをつかんでおかないと、後々任される大きな仕事でリスクの高い失敗をしがちです。こういう初期のプロセスはよく「努力」と言われますが、この言葉は本来の意味と若干違う形で受け取られることが多いので、「訓練」と言った方が適切かもしれません。

著者撮影(ネタ切れのため、笑顔のデムリンコをお楽しみください。)
デムリンコ

(城東のおっさん)

明日から、「かよこ女度UP計画!!」でおなじみのかよちゃんが元気な赤ちゃんを産むため産休にはいることになりまして、本日がいったん最終日となりました。というか、こういうお知らせは自分でした方がいいと思うんですが、本人が「おつかれさまでした〜♪」と爽やかに帰ってしまったため、おっさんが代筆です。

スキャナを開けるかよちゃん

最終出社日だというのにまったく片付けをする気配のないかよちゃんがいそいそと片付け始めたのが夕方。間際になるといろいろとあれどうするんだっけ的な事が発覚し、一つ一つに対応していたらすっかり夜に。すべて終わって明日普通に出社するようなテンションで帰ろうとした所、スキャナの中に何かがあるのを発見。

真空ラボからのプレゼント

スキャナを開けると、「寿(お家に帰ってみんなで選んで持ってきなさいクーポン)」と書かれた封筒が。真空ラボ一同から、旅行やエステや赤ちゃんのおもちゃなどの中から、ひとつ好きなものを選べるクーポン券をプレゼントしました。

颯爽と帰るかよちゃん

真空ラボに入社して約2年。デザイナーとしてのキャリアがいったんお休みとなってしまう事は本人も無念だと言っていましたが、元気な赤ちゃんを産んで、しっかり育てて、また真空ラボでいっしょに働ける事を、おっさんも待っております。ひとまず、今日までお疲れ様でした。

おまけ(入社当時のかよちゃん)
入社当時のかよちゃん

(城東のおっさん)

一つ前の記事に引き続き、CSS Nite LP, Disk 7「IAスペシャル」について。新しい学びも多かったのですが、基本おっさんとスピーカーとは同じ事を考え同じ事で悩んでいる事にも気づきました。東京でも福井でも考えを深めて真剣にやっていれば、行き着く先は同じだと確認出来た事が一番の収穫でした。

そして、普段おっさんが考えていることを各スピーカーが適切な言葉で表現してくれて、今まで言語化していなかった自分の考えがすっきりと整理できたということも、とても大きなメリットでした。その中の一つが、ロフトワークの林千晶さんが言っていた「ウェブサイトの制作はビル建築へ」という言葉。

今までは「ホームページ」という言葉が表すように、「一軒家(ホーム)の建築」でした。規模は小さいですし、自分たちの家なのですから自分達の好みのデザインで、自分たちの言いたいことを言う。翻って現在の「ウェブサイト」は様々な人が利用し、コンテンツも膨大で、それはまるで「ビルの建築」のようだと。

ビルには様々な人が訪れます。仕事場として毎日来る人もいれば、ランチにレストランに来る人もいれば、ただトイレがしたいだけの人もいる。そういった様々なニーズに答えるには、見た目のデザインももちろん大切なのですが、明快で効率的なナビゲーションや適切なコンテンツの配置など、ますます設計(情報アーキテクチャ)が大切になっているのではないかと思います。

著者近影(WCAF Seminar Vol.2 で司会をする腰がくねくねしたおっさん)
WCAF Seminarで司会をするおっさん

(城東のおっさん)

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