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城東ではたらくおっさん アーカイブ

成功の定義。

ビジネス、プライベート問わずいろんな方とお話をしていて、最近なんとなく感じていた感覚のズレがちょっとだけ明確になりました。それは、「成功」というものの定義がかなり変わってきているのではないかということ。前から言われていることかもしれませんが、実感として理解できました。

草食系男子、みたいな言葉もその象徴かもしれません。大きくなること、たくさん所有すること、右肩上がりの成長を続けること、などなど、それが是であった時代があったのだろうとは思います。ただある程度成熟した今の社会の中では、それを追い求めてきた企業ほど苦境になっている所を見ると、今の時代に即したものではないのかなと思います。

今を、過去に比べて不景気・不況であるとします。そして今後その状態が改善するとします。でもそれは、過去のようないい時代に「もどる」のではなく、新しい社会に「かわる」事なのではないかと思います。それを望むと言うよりも、たぶんもう戻れないのではないでしょうか。少なくとも50年程度のスパンで見た場合。

昔の景気のよかった時代を経験している人から見れば、今の時代はとても不幸というか、めんどくさい時代なのかもしれません。その再来を求めたり、回顧したり、その感覚がどうしても抜けないこともあるのかもしれません。でもおっさん自身は、今の時代が自分の時代であるし、そんなに不幸な時代とも思えないので、今の時代の中できちんとした仕事をしていきたいなと思っています。

(城東のおっさん)

WCAF Seminar Vol.3 開催します。

おっさんが代表をさせてもらっているWCAF(ウェブ・クリエーターズ・アソシエーション・福井)。Vol.1、Vol.2と単体でのイベントを開催した後は、去年11月のCSS Nite、今年1月のWeb・IT技術者大交流会と他のイベントに乗っからせてもらって活動していたのですが、久しぶりに単体でのイベントを開催します。


今回は、デザイナーとエンジニア、二つの視点でのセッションを行います。デザイナー側は、グラフィックからウェブまで手がけるヒュージの中村さん。エンジニア側はRIAの分野を追いかけている伊藤さんです。


詳細は、下記のような感じです。


◎WCAF Seminar Vol.3のご案内

日時:2010年3月20日(土) 13:30開始(13:00〜受付)〜17:00終了(交流会込)
場所:AOSSA 607研修室
内容:
・ごあいさつ(5分)

【セッション1】
・『コミュニケーションの視点から考える
Graphic designerのweb design』(45分)
Graphic designとWeb designを行き来しながら日々仕事で考えている事。コミュニケーションの視点から考える双方媒体の得手不得手や、現場から見る違い、クライアントに関わる時に必要なデザインという考え方を1つの案件を追いながらお話しします。

スピーカー:中村 文信(株式會社 ヒュージ)
中村文信
ブランド構築からコンサルティングまでデザインというフィールドで幅広く活動しているデザイン会社「株式會社ヒュージ」所属。良いデザインで世の中を良くするという考えの基にグラフィックデザインとウェブデザインを中心に手がけている。また実験サイトの設立など、個人としても精力的に活動中。

【セッション2】
・『ぎゅ〜っと濃縮、HTML5』(45分)

開発者の視点から、現在仕様策定中のWeb標準技術であるHTML5、JavaScript APIについて紹介します。新たに追加される要素群、アプリケーションプラットフォームとして重要な機能を担うGeolocation、Web Workers、Web Storage、Data Cache API…etcまで、デモを交えて解説します。HTML5を使うためのTipsも。

スピーカー:伊藤 祥 / shoito
伊藤祥
福井で働くソフトウェアエンジニア、Flex(Flash)を使ったWebアプリケーションやソフトウェア設計ツールの開発をしている。RIAの分野に興味津々、デザイン/開発スキルを兼ね備えた二刀流エンジニアを目指している。HTML5-FITという北陸のコミュニティを主催。

・交流会(60分)
交流会セミナーと同じ部屋で、
ノンアルコールでお菓子をつまみながら情報交換など。

参加費:500円(場所代とおかし代)

定 員:30名

申 込:申込フォームからお申し込み下さい。

興味のある方はご参加くださいませ。

デザイナーとプログラマーの間

先日アップグレードふくいのイベントとして「Web・IT技術者大交流会」が開催され、おっさんが代表をさせてもらっているWCAFからデザイン・インプルーブメントの吉村さんがスピーカーとして参加しました。吉村さんからは、インタラクティブデザインの開発環境「Processing」について、ライブコーディングをしながら学習プラットフォームとしての使い方を紹介していただきました。

それを見ていて、ふとデザイナーとプログラマーの違いって何だろうな、と思いました。吉村さんの制作風景を見ていると、作っている画面に出ているのはプログラム言語ですが出来上がったのは指で触ると絵が描けるインターフェース。プログラムをしているような、デザインをしているような、どちらでもあるような。

「インターフェースデザイン」や「ユーザーエクスペリエンスデザイン」など様々な言葉が出来ていて、デザイナーはどんどんプログラマーの領域へ、プログラマーはサービスをつくるという形でデザインの領域へと、お互いがお互いの領域に近づいて行く流れになっているのは最近感じています。

僕のやっている情報アーキテクチャも、広く見れば編集・レイアウト・ユーザビリティ・フロントエンドやバックエンドのウェブ技術知識など、それぞれで専門の職種があるような知識を総動員してやっています。なんかもう、デザイナーとか、プログラマーとか、そういう肩書きはどうでもよくなってきているのかもしれません。で、どんな価値を提供できるの?と。

著者撮影(マフラーを粋に着こなすトビー氏)
マフラーを粋に着こなすトビー氏

(城東のおっさん)

判断と決断。

ちょっと遅いですが、あけましておめでとうございます。年末年始は昨年1年間を振り返り、今年1年を考える時間を過ごしていました。成果・問題・懸念・期待など、それぞれを洗い出すところまでは比較的スムーズに進み、対応策もそれなりに見えてきました。

でも、じゃあそれを踏まえて今年はどっちに振れようかと考えると、なかなか難しいものです。あっちを立てればこっちが立たず、何かを得るには何かを犠牲にせねばならず、客観的な事実やメリットデメリットの判断は出来ても、それをなかなか決断出来ずに年を越しました。

元旦、産経新聞に掲載されていた元楽天の野村監督と元バレーボール選手・経営者の三屋裕子さんの対談を読んでいたら、野村監督が「データ、データと言われるけど、データは判断材料。『決断』までくると勇気だけです。『判断』までは根拠があるんだけど。」と語っていて、霧が晴れた感じでした。

判断だけして決断出来ない頭でっかちでもなく、何も考えずに決断する暴君でもない、理想を持った現実主義者として、今年一年も集中して、丁寧に、感謝を忘れず、謙虚に、後悔しないよう、努めます。皆様今年も宜しくお願いいたします。

著者撮影(本日が今年初出社でネクタイでビシッとキめたトビー氏。)
ネクタイトビー

(城東のおっさん)

誰かのせい。

誰かのせいにし始めたら、終わりだと思います。特にディレクターやマネージャーと名のつく人は。誰かのせいにしてしまうというのは、他人が自分の思ったとおりに動いてくれなかったり、期待通りのクオリティで仕事をしてくれなかったりというような状況でしてしまうのではないかと思います。

おっさんもディレクションをし始めの頃に、スタッフがスケジュールを守ってくれなかったり、完成したものが当初の依頼と全然違ったりして、焦りや不満をそのままスタッフに発散して無理矢理やってもらっていた頃がありました。特にスケジュールについては、クライアントとろくに折衝もしないでスタッフに無茶をお願いしていました。スタッフには強いくせにクライアントには弱いディレクターでした。

今でもスケジュールやクオリティの問題には遭遇します。人間が出来ていないので、自分で勝手にイライラしたりすることはありますが、相手にぶつけることは減りました。なんでしなくなったかというと、ひとつは怒っても状況は改善しないし、根本的な原因が解決されていないため、その後も同じ事が起きてしまうということ。もうひとつは、そんな状況を見かねた昔の上司から、「自分の事でさえ思い通りにならないのに、他人の事を思い通りに出来るわけがないだろう。」と言われ、納得したためです。

そもそも、ディレクターというのは、クライアントからの予算や納期や品質などのオーダーに対して、社内スタッフや社外スタッフはもちろん、クライアントも調整してそのバランスを保つのが仕事のひとつであって、クライアントの依頼をそのままスタッフに伝えていてはメッセンジャーというか伝書鳩であって、そんな人はいても邪魔なだけで、必要のない存在なのではないかと思います。自戒も込めて。

著者撮影(トビーの誕生日にあげたボール。1週間で全部噛み砕かれました。)
トビーとボール

(城東のおっさん)

「途中」という感覚。

流し読みされると誤解されそうなので、最後まで読んでいただけるとありがたいのですが。この前とある方から、「今の仕事は楽しい?」と聞かれて、「楽しくはないですね。」と答えました。とはいえ、「つまらない。」わけではないのです。今思えば、「楽しいとか楽しくないとかじゃないですね。」と答えた方が適切だったかもしれません。

自分でも言われて気づいたのですが、仕事というものの評価というか判断を、「楽しい」と「つまらない(楽しくない)」の二つで判断出来なくなっていました。おっさんがやっているネット関係のことで言えば、仕事で関わるよりもいちユーザとして使ったり見たりしているだけの方が、楽しいのではないかと思います。

じゃあ何を基準にしているのかと言われれば、こう言うと元も子もないですが、よく分かりません。楽しいか楽しくないかではなく、儲かるか儲からないかでもなく、仕事の規模の大小でもなく、評判がいいか悪いかでもない。いろんな基準に照らしてみても、どれも違うような気がしました。

いろいろ考えた末に一番近いなと思ったのは、「途中」という感覚です。自分の頭の中で描いているものと現実とのギャップの間を、日々起こる大小の想定外の出来事を乗り越えながら、少しづつでもいいから着実に淡々と埋め続ける日々。その「途中」にいるのではないかという気がしています。だから今は、楽しいとも、楽しくないとも、思わないのかもしれません。けして後ろ向きな意味ではなく、という点が伝わるのかどうか不安で、「まだスタートしたばかり」というのが一番分かりがいいのでしょうが、それもなんだかちょっと違う気がして。

著者撮影(寒いので帽子をかぶったトビー)

帽子トビー

(城東のおっさん)

なんでもやらない。

仕事をし始めたばかりの頃というのは、基本的に何も出来ません。なので、指示された仕事をとにかく「なんでもやる」という時期は誰にでもあるのではないかと思います。ところが、仕事を続けていると、出来ることがある程度の幅まで広がっている事に気づきます。

当然「ある程度出来る状態」といってもまだまだ出来ない幅というのは果てしなくあるものなのですが、「何も出来ない状態」から「ある程度出来る状態」になるためには「なんでもやる」という方法で進むことが出来たとしても、「ある程度出来る状態」から「もっと出来る状態」になるためには同じ方法論では通用しないのではないかと思います。

「ある程度出来る状態」から「もっと出来る状態」になるためには、「なんでもやらない」という方法でしか進めないのではないかと思います。全てを受けていては新しいことをやる時間がなくなってしまいますし、それを「がんばる」という謎の気合いでこなしても、長続きはしません。

では、「なにをやらないのか」をどう決めるのかといえば、おっさんは「他の誰かが出来ることはやらない」という判断をしています。逆に、やらない事によって生まれた時間で「なにをやるのか」をどう決めるのかといえば、「市場から求められていることで、競合がしていないことや出来ないことをする」という判断をしています。とはいえ、あまりエッジが立ちすぎると継続性や汎用性がなくなるので、そうならない範囲で。

著者撮影(本を読んでいる途中で寝てしまったトビー)
本を読んでいる途中で寝てしまったトビー

(城東のおっさん)

評価。

評価は、することも、されることも難しいものです。数値ではかれるものならまだわかりやすいかもしれませんが、芸術であったり品質であったりというのはなかなか難しいですし、点数ではかれるものでもその点数の設定基準によって千差万別だったりします。

一番わかりやすい人の評価を例にとると、評価対象者(部下)を評価するには、評価者(上司)自身にも一定の評価技術とでもいうようなものが必要で、「はかりかねる」みたいな事をいってたら務まりません。また、評価方法も社内での相対評価なのか市場全体を基準にした絶対評価なのかでも大きく異なります。

おっさんは来年で仕事をはじめて丸10年になり、その間に数社の会社で働く機会がありましたが、同じおっさんに対しての評価は会社毎に全く異なり、それは評点そのものの差もありますが、評価基準自体も大きく異なります。おっさん自身が、成果を出しやすい環境か出しにくい環境かという違いもあります。

数年前から、そういう異なる評価軸に振り回されたくないというか、職場や会社が変わっても同じ基準ではかれるものさしが欲しいと思うようになり、今のおっさんなりに基準としているのは、ありがちですが「去年の自分」と比べることです。環境の違う他の会社の人や年齢の違う上司や先輩と競って焦ってもしょうがないので、スピードなり技術なり品質なりというものが、少しでも去年の自分を上回っているだろうかと自問自答するようにしています。今年のおっさんは去年のおっさんより成長しているのか、師走を越えた年末年始にゆっくり考えたいと思います。

著者撮影(トビーの中でのおっさんの評価はいかに。)
柿とトビー

(城東のおっさん)

教育と学習。

「教育」とは「他人に対して、意図的な働きかけを行うことによって、その人間を望ましい方向へ変化させること。」「学習」とは、「新しい知識の獲得、感情の深化、よき習慣の形成などの目標に向かって努力を伴って展開される意識的行動。」と辞書で説明されています。「教育」は誰かにしてもらうもの、「学習」は自分で行うもの、というニュアンスがします。

学校は、基本的には「教育」の場であろうと思います。何をするにもまず最低限の基礎が必要で、それには効率のよい体系だった習得の順序や理解の仕方というものがある程度あるので、そこで基礎を固める。ただ、それだけではほとんど何も出来ず、その事に学生の時点で気づいて自立的に学習をしていた人が、社会に出てすぐ即戦力になれるのだろうと思います。

会社(=社会)は、「学習」の場であろうと思います。基礎が固まった上で、それをベースにその人のスキルに応じた仕事をし、経験を積み、理解をし、学習し、次の仕事にそれを活かす。今の自分に何が出来何が出来ないのかを知り、何をすべきかを基本的には「自分」で理解し取り組むべきものだろうと思います。

最初の頃は間違いもあり失敗もあるのですが、始めの頃に任されるリスクの少ない仕事で間違いや失敗をして「やばい空気」みたいなものをつかんでおかないと、後々任される大きな仕事でリスクの高い失敗をしがちです。こういう初期のプロセスはよく「努力」と言われますが、この言葉は本来の意味と若干違う形で受け取られることが多いので、「訓練」と言った方が適切かもしれません。

著者撮影(ネタ切れのため、笑顔のデムリンコをお楽しみください。)
デムリンコ

(城東のおっさん)

かよちゃん、サンキュー(産休)。

明日から、「かよこ女度UP計画!!」でおなじみのかよちゃんが元気な赤ちゃんを産むため産休にはいることになりまして、本日がいったん最終日となりました。というか、こういうお知らせは自分でした方がいいと思うんですが、本人が「おつかれさまでした〜♪」と爽やかに帰ってしまったため、おっさんが代筆です。

スキャナを開けるかよちゃん

最終出社日だというのにまったく片付けをする気配のないかよちゃんがいそいそと片付け始めたのが夕方。間際になるといろいろとあれどうするんだっけ的な事が発覚し、一つ一つに対応していたらすっかり夜に。すべて終わって明日普通に出社するようなテンションで帰ろうとした所、スキャナの中に何かがあるのを発見。

真空ラボからのプレゼント

スキャナを開けると、「寿(お家に帰ってみんなで選んで持ってきなさいクーポン)」と書かれた封筒が。真空ラボ一同から、旅行やエステや赤ちゃんのおもちゃなどの中から、ひとつ好きなものを選べるクーポン券をプレゼントしました。

颯爽と帰るかよちゃん

真空ラボに入社して約2年。デザイナーとしてのキャリアがいったんお休みとなってしまう事は本人も無念だと言っていましたが、元気な赤ちゃんを産んで、しっかり育てて、また真空ラボでいっしょに働ける事を、おっさんも待っております。ひとまず、今日までお疲れ様でした。

おまけ(入社当時のかよちゃん)
入社当時のかよちゃん

(城東のおっさん)

ホームページ(家)からウェブサイト(ビル)へ

一つ前の記事に引き続き、CSS Nite LP, Disk 7「IAスペシャル」について。新しい学びも多かったのですが、基本おっさんとスピーカーとは同じ事を考え同じ事で悩んでいる事にも気づきました。東京でも福井でも考えを深めて真剣にやっていれば、行き着く先は同じだと確認出来た事が一番の収穫でした。

そして、普段おっさんが考えていることを各スピーカーが適切な言葉で表現してくれて、今まで言語化していなかった自分の考えがすっきりと整理できたということも、とても大きなメリットでした。その中の一つが、ロフトワークの林千晶さんが言っていた「ウェブサイトの制作はビル建築へ」という言葉。

今までは「ホームページ」という言葉が表すように、「一軒家(ホーム)の建築」でした。規模は小さいですし、自分たちの家なのですから自分達の好みのデザインで、自分たちの言いたいことを言う。翻って現在の「ウェブサイト」は様々な人が利用し、コンテンツも膨大で、それはまるで「ビルの建築」のようだと。

ビルには様々な人が訪れます。仕事場として毎日来る人もいれば、ランチにレストランに来る人もいれば、ただトイレがしたいだけの人もいる。そういった様々なニーズに答えるには、見た目のデザインももちろん大切なのですが、明快で効率的なナビゲーションや適切なコンテンツの配置など、ますます設計(情報アーキテクチャ)が大切になっているのではないかと思います。

著者近影(WCAF Seminar Vol.2 で司会をする腰がくねくねしたおっさん)
WCAF Seminarで司会をするおっさん

(城東のおっさん)

つながりの設計

この前の週末に、東京で行われたCSS Nite LP, Disk 7「IAスペシャル」に参加してきました。CSS Niteというウェブのイベントで、初めて「Information Architecture(情報アーキテクチャ)」というテーマに絞ってその筋の専門家のセッションやワークショップが行われました。

おっさんは、ウェブディレクターでありますが、インフォメーションアーキテクトという情報アーキテクチャを設計することもやっています。ディレクションだけだとサイト制作の実作業に直接関わる事が出来ないので、その核としてサイトの方向性を定義するIAをやっています。

分かってやっていたことではありますが、おっさんの場合一般的に定義されている情報アーキテクチャよりもかなり踏み込んでというか、広い範囲までやっている事を再認識しました。使いやすさを考えるユーザビリティやインタラクション、コンテンツの設計など、ディレクションを同時にやっている故にだと思いますが、そういった範囲まで俯瞰してあるいは細部に入って、ユーザとサイトのつながりみたいな所をカバーしているのかなと思いました。

それから、講師の一人も言っていましたが、最近一番重視しているのが文脈(コンテキスト)です。そのサイトに課せられている存在意義という全体的なことであったり、一つのコンテンツのそのサイトにおける位置づけであったりというところを考えながら、サイト(=運営企業)とそのユーザのつながりを生むことが出来るサイトを形にしていきたいと思っています。

著者近影(いろは展のパネルから)
いろは展のパネルから

(城東のおっさん)

WCAF Seminar Vol.2 開催します!!

前回、再起動ということで久しぶりに開催したWCAF(Web Creators Association Fukui)の第2回目のイベントを開催します。

WCAFとは、福井でウエブ制作に携わっている人はもちろん、企業でウェブに関する仕事を担当している方で集まって、勉強会や交流をやっていきましょうという集まりです。いろいろありましておっさんが代表をさせてもらっています。

お知らせが遅くなってしまい、今週土曜日と急ですが、セッション内容に興味のある方は是非ご参加くださいー。

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◎WCAF Seminar Vol.2 開催します!!
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WCAFメンバーの皆さんこんにちは。
WCAF代表/真空ラボの岩崎です。

前回の「WCAF 再起動イベント」では、
定員を超えるほどたくさんの方にご参加をいただき、
なんとか再起動のスタートが出来ました。
ありがとうございました。

と、ここで終わってしまわないように、
来月2回目のセミナーを開催します。

今回は、コンテンツ側・制作側それぞれの視点のセッションを行います。

コンテンツ側は、カウベル・コーポレーションの森川 徹志さんによる、
「デザイナーが知っておきたい ライティング 三つの勘どころ」。

制作側は、Conundrumの福嶋 義之さんによる、
「取引先から学んだサイト制作・運用TIPS」。

森川さんからは、広告でも雑誌でもないウェブという媒体において、
どういった文章が利用者の心をつかむのか。
福嶋さんからは、サーバサイドやMTなど技術的な事も含め、
制作者なら一度は経験があるような制作・運用のヒントが、
それぞれ聞けると思います。

詳細は、下記のような感じです。

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◎WCAF Seminar Vol.2のご案内
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日 時:2009年9月19日(土) 13:30開始〜16:00終了(交流会込)
場 所:AOSSA 601B研修室
内 容:
・ごあいさつ(5分)

・「デザイナーが知っておきたい ライティング 三つの勘どころ」(30分)
カウベル・コーポレーション
エディター 森川 徹志

・「取引先から学んだサイト制作・運用TIPS」(30分)
Conundrum
福嶋 義之

・交流会(60分)
交流会セミナーと同じ部屋で、
ノンアルコールでお菓子をつまみながら情報交換など。

参加費:500円(場所代とおかし代)

定 員:30名

申 込:予約フォームからお申し込み下さい。

皆様のご参加お待ちしております!

(城東のおっさん)

「ウェブ活用のいろは展」雑感

先週の木・金と、福井県産業情報センターで開催された「ウェブ活用のいろは展」に出展しました。パネルの展示とブースの出店だったのですが、イベント自体は去年よりもたくさんの人にお越しいただき、真空ラボのブースにもたくさんの方が来てくれました。お越しいただいた方、ありがとうございました。

二日間一人で対応していたのでなにげに結構しんどかったんですが、イベントで初めてお会いする方はもちろん、お名前だけ知っていたけれど初めてお会いする方ともたくさん出会えて、とても楽しかったです。

複数の福井の企業が一同に出店したこともあり、ついつい考えてしまったのは福井に限定した場合の真空ラボという会社の立ち位置。普段クライアントのメッセージを競合や市場などを勘案しながら伝えていく事を仕事にしている、僕ら自身の、立ち位置はどうなのかという事。

クライアントからはどう見られているのかや同業の中ではどういうポジションにいるのかという現状を見た上で、どこに行くことを求められているのかや自分たちはどこに行きたいのか、そのために何が足りず何を捨てなければいけないのか。そんなことを考えていたのですが、先は、まだまだ長そうです。

著者近影(いろは展のパネルに使った写真)
いろは展のパネルに使った写真
(城東のおっさん)

「ウェブ活用のいろは展」に出展中(明日9月4日金曜日まで)

今日(9月3日(木))と明日(9月4日(金))の2日間、福井県産業情報センター(坂井市丸岡町熊堂)で「ウェブ活用のいろは展」が開催中で、そこに真空ラボも参加しております。

福井県内のウェブ関連の企業10社が、自社の制作実績についてのパネル展示やデモをしていて、簡易相談を行うためのブースもあります。ちなみに真空ラボのブースには城東のおっさんが座っています。一人で。

福井のウェブを制作する会社もいろいろあり、それぞれ特徴があると思うのですが、それを一度に比較できます。各社毎に担当者も来ているので、詳しい事も聞けたりします。お時間ある方は遊びに来てください−。


「ウェブ活用のいろは展」 | アップグレードふくい(マッチング交流会)


著者近影(プロフィール写真撮影失敗)

(城東のおっさん)

WCAF再起動イベント 残り半分になりました。

昨日お知らせしましたWCAF再起動イベントですが、お知らせから1日で早くも30名定員の半分の15名の参加申し込みをいただきました。ありがとうございます。

当日は、城東のおっさんが実際に制作したサイトを例にとりながらディレクションについてお話しできればと思っていますし、同じ事に取り組んでいる他のウェブ制作者の人と話せるのはきっと切磋琢磨できるかと。まだまだお申し込みお待ちしてます。

WCAF再起動イベント 参加申し込みフォーム

著者撮影(トビーも「おいでよ!」と言っております。)
トビー

(城東のおっさん)

WCAF再起動イベントを開催します。

WCAF(Web Creators Association Fukui)って、ご存じでしょうか?福井でウエブ制作に携わっている人はもちろん、企業でウェブに関する仕事を担当している方で集まって、勉強会や交流をやっていきましょうという集まりです。

ひょんな事から、おっさんがこのWCAFの代表を任される事になり、何人かのメンバーと今後どういう活動をしていきましょうかと相談してきました。その結果、まず一度イベントを開いて、今後のWCAFについて知ってもらいましょうという事になりました。

一応代表で、イベントやりましょうと言った言い出しっぺなので、「ウェブディレクション」というテーマでおっさんもしゃべることになりました。大したことは話せないのですが、おっさんが福井で仕事をする中で実感したことを中心にお話しできればと考えています。

イベントは、7月4日(土)の13:30から、AOSSAでやります。
興味を持たれた方はぜひご参加下さい。

WCAF再起動イベント 参加申し込みフォーム

著者撮影(トビーさんは残念ながらお留守番です。)
トビーさん

(城東のおっさん)

他者であるからこそ出来ること。

最近初めて会う方から「あのブログ書いてる変な人ですよね」と言われます。「変なブログ」を書いているのであって、ブログを書いている「変な人」ではないので、その辺の日本語にご注意をいただきたい今日この頃です。よろしくお願いします。

さて、ブログをあまり書いていない間、東京のクライアント様からお仕事をいただき、毎週のように東京日帰り強行軍をしていました。その機会を利用して、ビジネス・アーキテクツの創設者で現在は独立して活動されている福井信蔵さんと、二人でご飯を食べる機会を頂きました。

以前から福井さんの発言やつくられるサイトからいろいろ勉強させていただいていたので、とても刺激的で勉強になる夜でした。その中でも印象に残ったのが、どれだけ僕ら制作者がリスクを背負ってクライアントにコミット(かかわりあうことが)出来るかだという言葉。

クライアントからすると、制作者はどこまでいっても外部の他者です。ただ、ガンを治す医者自身がガンに犯されていては共感は出来ても患者に対して冷静な判断や治療が出来ないように、他者であるからこそ出来ることもあるのではないかとおっさんは思っています。完全なる他者でありながら、リスクを負ってコミットする。そういう事が出来て初めて、クライアントは制作者を「業者」ではなく「パートナー」だと思うのではないかと思います。

著者近影(トビーと一緒にギターの練習)

(城東のおっさん)

ありがとうございました。

今日の福井新聞13-14面に、「2008年度 第29回 福井広告賞入賞作品紙上展」が掲載されています。今年の福井広告大賞には、真空ラボがお手伝いさせていただいている一本義 久保本店様が選ばれ、デザイン大賞には真空ラボが選ばれました。

また、新聞広告最優秀賞のゲンキー様、福井県商工会議所連合会賞の積水ハウス福井支店様、福井県デザイナー協会賞の吉村甘露堂様にも、真空ラボのスタッフが参加させていただきました。ありがとうございます。

広告は本来、発信者である企業と受け手である生活者との間で成立するものであって、そこに制作者が介在する必要性は全くなく、本来黒子の制作会社が評価をいただくことには少し戸惑いもあったりします。

ただ、企業と生活者の間でのコミュニケーションがきちんと成立した事の結果として、真空ラボがお手伝いした広告が評価されていることは、素直に嬉しいなと思います。これからも、機能する広告、機能するクリエイティブ、機能するコミュニケーションを成立させるため、励んでいこうと思います。

著者撮影(最近買った新しいデジカメで撮影)
今日の福井新聞

(城東のおっさん)

メンマ!

先日、とあるお客様からラーメンをたくさんいただいたので、仕事帰りの深夜に食べました。あっさりめのスープもおいしかったんですが、メンマがめっちゃうまかったです。シャキシャキしていて味が濃いめで、最初にメンマだけ食べ尽くしてしまいました。お酒のつまみとしてもおいしそう。Dさんありがとうございました。

ちなみに、ラーメンの他に豚の角煮、チョコレート、キスの天ぷら、などがおっさんの好物です。それから味噌カツ、きしめんをまだ食べたことがありません。特に意味はありません。

著者近影(トビーは食べてません。)
著者とトビー

言葉にできない。

「言葉」とは、ものごとを特定し、区別するという特性があるような気がします。そもそも誰かに何かを伝えるために言葉は出来たのでしょうから、誤解を避けるために特定し区別するのは自然な流れだと思います。

言葉は文化と密接に関係があり、村社会で顔見知りと阿吽の呼吸で暮らしてきた日本では「自分の内向性」を表すための言葉が豊富で、様々な君主に仕え多様な国々と共に暮らしてきた中国では「他者との外向性」を表す言葉が豊富です。たとえば日本語は「かゆい」と「くすぐったい」を区別しますが、中国語は両者を「痒(ヤン)」の一言で示します。

逆に日本では「三日(みっか)」という言葉で日付を表す「四月の三日」という意味と、期間を表す「三日間」というふたつの意味を表現しますが、中国語では日付は「三日(サンリー)」、期間は「三天(サンティェン)」と区別します。文化によって方向性の違いはありますが、やはり言葉は物事を特定し区別するという方向性は変わりない。

しかし、人間の気持ちや自然の有り様はそうたやすく区別できるものでもなかったりします。うれしさと不安が入り交じった気持ちや、つらさとやりがいが合わさったような気持ちなど、もうこの時点でうまく言葉に出来ていませんが、そういうものは多々あります。表現力の問題ももちろんありますが、そもそもたった50数文字ですべての物事や気持ちを表現できるはずがなく、言葉は様々な表現方法の一つという事なのかもしれません。要は、伝えること、伝わることが大切。

著者近影(なんともいえない微妙な写真)
同じ服・同じメガネ

(城東のおっさん)

そのコピーは届いていますか?

土曜日に、Mr.コピーライター虎尾氏に引きつられ、TOCC(富山コピーライターズクラブ)の審査会に参加してきました。会員でも何でもないのですが、様々な情報や想いを一つの言葉で伝えるというコピーライターの仕事は、情報を整理する情報アーキテクチャを仕事としているおっさんもいろいろと学べるのではないかと思い、参加させていただきました。

会場にはたくさんの紙媒体・テレビ・ラジオなどのコピーが並んでおり、出来て10数年の蓄積しかないウェブとは違い考えつくされた、でも新しさを感じられるコピーがたくさんありました。おっさんの胸に一番響いたコピーが今年の大賞となり、自分の目を鍛えるという意味でもとても勉強になりました。TOCCの皆様ありがとうございました。

ただ、ひとつショックだったこと。それは会場に並んでいたコピーのひとつも、おっさんが実際のメディア(紙や新聞やテレビ)で見たことがなかったということ。福井の広告の割合が少なかった事も起因しているとは思うのですが、ただのひとつもなかった事は結構ショックでした。いいコピーが多かっただけに余計に。

つくる事は、とても大切です。力を注ぐべきです。でも、丹誠こめて書き上げたそのコピーや広告は、本当に届けたい人の所に届いているのでしょうか?これは、制作者の問題ではなくメディアの問題なのかもしれません。でも、「何を伝えるのか」と「どう伝えるのか」だけではなく、「どうやって届けるのか」を考えることも大切。紙だウェブだという事にこだわっていてはいけないという自分の思いを、改めて強くしました。

著者近影(服がかぶった事にへこむ二人の男の向こうで打ち合わせをするダンディな男)
同じ服

城東のおっさん

守・破・離

「守」とは、守ること・マネをすること。「破」とは、破ること・自分の芽を出すこと。「離」とは、離れること・自分の独自性を確立すること。人が物事を習得するまでのプロセスとしてよく言われる考え方です。これまでおっさんは、このプロセスは人生の中において一度だけ経験するプロセスだと思っていたんですが、何回も繰り返すものだと気づきました。

おっさん的には、最近ようやく「離」の始まりだと思っていました。愚かですね。でも、また「守」から始めようと思っています。もちろん今まで習得してきたことを忘れ去るわけではないのですが、ちょっと横に置いておいて、またゼロからはじめてみようという感じです。

なんでそんなことを思ったかというと、環境の変化が大きいです。ここ数年会社の中のスタッフがほぼ20代という環境で働いてきたので、多少の差はあれど同じような志向・スキル・人生経験という環境でした。それはそれで一丸となって一つの方向に走る組織としては、とてもいい環境だと思います。

真空は、30代〜40代というスタッフが多いです。ここ数ヶ月一緒に仕事をさせてもらっていて、人生経験の違いというか、積み重ねの違いというか、そういう事で格段に差があるなあと痛感するようになってきました。ここで一度自分の型・自分のスタイルなどという愚かな考え方を捨て去って、また一からやっていこうと思います。ちょうど春だし!!。

著者撮影(プロレスラーと握手した事を興奮気味に語るジャージ姿の女性)
タニグチ氏

(城東のおっさん)

「つくり方」ではなく「なにをつくるか」に切磋琢磨せよ。

主に福井の同業のウェブディレクター向けにですが、ウェブデザイナーやマークアップエンジニア、プログラマーの方にも向けて偉そうなことを書きますが、もしお気を悪くされたら「若造がわーわー言ってるわ」と流してください。福井の(特にウェブの)制作者は、「サイトのつくり方」ではなく「なにをつくるか」について、もっと脳みそに汗をかいた方がいいと思います。

JQueryだ、AJAXだ、MovableTypeだ、オープンソースだ、マッシュアップだ、と結構なことです。何かを形にするときには絶対に技術が必要で、それはとても大切なことなのですが、なんだかみんなそればっかりを見ているような気がしています。もちろん、この世界へ入る時の入り口として入りやすかったり、すぐ結果がでるのでわかりやすいというのはすごくわかります。おっさんもHTMLのコーディングしてブラウザに表示されてうっひゃーと喜んでいました。

でも、その技術は、絶対に何かを形にするために使われるものであろうと思います。もちろん、技術ベースから生まれるサービスがあることも否定しません。電波を発見・実用化した人は、最初から携帯電話やパソコンの無線LANに使おうと思ってやっていたわけではなく、後付で使い道として出てきたことだろうと思います。でも、AJAXやマッシュアップなどある程度形になったものを使おう・習得しようとするのであれば、それは必ずアウトプットを定めてインプットするべきだと思うのです。

繰り返しますが、技術を軽視しているわけではないですし、制作スキルは福井はけして低くないと思います。だからこそ、みんなその辺はある程度のレベルに達しているのだからこそ、なんかJQueryが凄そうだから今回の案件で使おうというプロセスを踏むのではなく、あくまでも、例えば福井の特産品を全国に広めるためにECサイトを作るという目標のもと、ユーザビリティを上げることが購入のしやすさを高めるために必要だから、JQueryを使う、という文脈であってほしいのです。そのプロセスを経れば、JQueryのリファレンスベースではない新しい発想でAJAXを使うことができるでしょうし、だからこそ、JQueryを使いこなせる制作者のあなたが必要とされると思うのです。いい職人は、必ずどう使われるのかを考えてものを作っているはずです。

著者撮影(おいしいドッグフードは、トビーさんのお腹を満たすためにある。)
ごはんを食べるトビーさん

(城東のおっさん)

ストーリーを売るのだ

「宣伝会議」という本があるのですが、その3月15日号(NO.761)に、博報堂、電通、グーグルとマス(テレビ・新聞・ラジオ・雑誌)とネットの広告の最前線で働いてきて、現在「スケダチ」という会社を設立し独立している高広伯彦さんの記事がありました。

「逆説的だが、ネット広告だからこそ数値的指標から考えない!(P.30)」というタイトルで、いわゆるネット専業広告代理店がクリック数・CTR(クリック率)・コンバージョンなど指標にとらわれすぎて、クライアントの求めている物からずれているのではないか、という事を書かれています。

城東のおっさんも、「コンバージョン至上主義の功罪(2009年02月02日)」、「ネット広告とマス広告はベストコンビ(2009年02月03日)」、「ウェブサイトの得意なこと。(2009年2月16日)」といういくつかのエントリで、ネットという媒体を単体で捉えて様々な指標に振り回されるのではなく、ネットとマスという区切りを無くして考えていくことが大切ではないかと書いてきましたので、ものすごく共感できます。

高広さんはこの記事の最後を「広告主の課題を理解し、ネット広告だからこそできる、企画を売り、ストーリーを売るのだ」と結んでいます。おっさん自身はまだ真空ラボでは新参者ですから、クライアント様もどこの馬の骨かも分からないやつに自社のコミュニケーションを任せられなくて当然だとは思うのですが、一つ一つのお仕事をきちんと形にして、少しずつ信頼を頂くことを目指してがんばっていきたいなと思っています。


あ、ちなみにおっさん事ですが、今週月曜日で43才(戸籍上は26才)になりました。老体にムチうちながらがんばりますので、今後とも宜しくお願いいたします。

著者近影(名刺交換)
謎のマスクマンと名刺交換

(城東のおっさん)

「真空ラボ」というチーム。

野村監督と桑田投手の対談を見ていたら、野村監督が「ただ頭数だけが揃っているのが集団」で、「人が互いに機能するのがチーム」と言っていて、ビビっときました(©松田聖子)。規模の小さい会社はチーム化しやすいでしょうし、組織と言えるような大きな会社は全体としてみれば集団でも、実際のオペレーションは数人単位のチームとして動いていると思います。

入って日の浅い僕が言うのもなんですが、真空ラボは「クライアントのメッセージを伝える事に特化したチーム」です。プロジェクト全体をまとめるプランナーやディレクター、メッセージをビジュアルや構造に落とし込むアートディレクターやデザイナーやフォトグラファーやインフォメーションアーキテクト、会社としての土台をささえるアカウンティング、スタッフの癒しとお客様の接客担当(名犬トビーさん)。それぞれが、それぞれの役割に責任を持ちつつも、互いに補い協業しつつプロジェクトを進めます。

それは内部のメンバーだけで完結できるものではなく、社外の広告代理店さんやプロダクションさんのお力を借りつつ、印刷会社さんやイラストレーターさんにご協力いただいてこそ。なおかつ、最近ウェブを専属でやるおっさんが入ってきたように、コミュニケーションというぶれない軸の元に内部も変化し続けています。

でも、まだまだ足りない気がおっさん個人的にはしています。それは、幅の広さ・精度の深さ共に。クライアント様に投資していただいた金額以上の利益をお返し出来ることを前提として、学び続けなくてはいけないし、変化し続けなくてはいけないし、考え続けなくてはいけないし、理想と思想を持ち続けなくてはいけないし、それを形にする技術を磨き続けなくてはいけない。と思います。

著者近影(小難しい真面目なことをこんな顔して書いています)
帽子をかぶったおっさん

(城東のおっさん)

天職

真空ラボに入って2ヶ月が経ち、3ヶ月目に入りました。おかげさまでたくさんいただいているお仕事が少しづつ形になり始めて、先週末から今週前半はかなり忙しい日々でした。どんなに効率的にやっても忙しすぎて一人で勝手にイライラしたりと余裕がなかったと自分でも思います。

「仕事っていうのは人が自分でやりたがらない大変なことだからお金をもらえるんだ」とある人が言っていましたが、おっさんはやはり自分が好きで、自分がやりたいからこの仕事をやっています。とはいえ、自分がやりたいだけでは仕事はできないものです。

前にも少し書きましたが、自分のやりたいことと、誰かから求められることが一致して初めてその仕事でごはんを食べていけるわけで、それが一致した仕事のことを「天職」というのだろうと思います。

忙しいときはイライラしたりと余裕が無くなりがちですが、そもそもその仕事は自分が選んでやっているのであって、誰かがそれを求めていてくれるから今やり続けていられるわけで、一つ一つの仕事に集中し、丁寧に、感謝を忘れず、謙虚にやっていこうと、忙しさが一息ついてから素直に思いました。

著者近影(疲れたおっさんと謎のマスクマン)
つかれたおっさんと肩を抱き合う謎のマスクマン

(城東のおっさん)

臨床医と研究医

臨床医というのは病院などで実際に患者の診療に従事する医師のことで、研究医というのは治療方法の解明など病理・基礎研究を行う医師のことだとしましょう。仕事でもそういう分野はある程度あるのかなと思っていて、実際にクライアント様のサイトを作ることを臨床だとすれば、新しい技術の開発やトレンドを追うことは研究になるのでしょう。

おっさんは臨床か研究かで言えば臨床だろうと思います。もちろんトレンドや最新技術をおっかける事は日々していますが、おそらく他のディレクターに比べるとあんまりトリッキーな事をしない方だろうと自分では勝手に思っています。

実際の医学でも新薬が出来たからといっていきなり患者に投与しないのと同じように、流行っているというだけの安易な理由で使ったりしようとは思わないですが、真っ向から拒否しているわけではなく今担当しているケースに適合していればきちんと検証した上で使っていきます。

結局の所サイトの構築であったり広告であったりというのは、クライアント様の得た利益をお預かりして、いわば投資してもらって、それに見合うだけの、あるいは投資額以上のリターンをお返しするような仕事だと思っているので、基本的には保守的で、臨床的な仕事になるのではないかと思っています。

著者近影(トビーさんとおっさん)
トビーさんとおっさん

(城東のおっさん)

CSS Nite in FUKUIに行ってみよう。

CSS Nite in FUKUI
真空ラボは「CSS Nite in FUKUI」を応援しています!

3月14日(土)に、CSS Niteというイベントが福井で開催されます。CSS Niteというのは、主にウェブをつくる制作者に向けて現在のトレンドや事例、他の制作者の裏話などを様々なプレゼンターが紹介するイベントです。今回は真空ラボも運営サポーターとしてお手伝いさせていただくことになりました。

そもそも場所に縛られないというのがインターネットの特性のひとつなので、福井にいようが東京にいようが、アンテナさえしっかりはっていれば得られる情報というのは大差ないと思います。

とはいえそれはあくまで情報なので、知恵ではなかったりします(この違いはまた今度)。実際に講師を前にして話を聞いたり、自分からつっこんで質問するというプロセスを体験することで得られることはいろいろとあると思います。

まあそんなに意気込んでいかずとも、制作者同士の繋がりってけっこう希薄だったりするので、同じ仕事、同じ課題、同じ悩みにぶつかっている人たちと出会えるということも参加する大きなメリットかなと思います。会場でおっさんを見つけたら、是非声かけてください!

(城東のおっさん)

自分たちがしたいこととユーザが知りたいこと。

ウェブサイトを作りたいというクライアント様にお話しをお伺いする機会が最近多いのですが、そういう時はとてもたくさんご要望をいただきます。こういうコンテンツを載せたい、こういった見せ方をしたいなどなど。

個人的にはそういったご要望をお伺いして、それを整理し、考え、ひとつのウェブサイトを作ったときに「こういうのがほしかった」と言われることがとてもうれしいと感じるし、求められたものをお返しできたということなので、大切なことだと思います。

とはいえ、それはやはり誰かに見てもらうため、使ってもらうために存在するものであるし、そうであってこそ価値のあるものだと思います。そうあるために必要なのは、そのサイトを見に来る「ユーザが何を見たいのか」に答えてあげる事だと思います。

クライアント様の伝えたいことと、ユーザの知りたいこと・言ってほしいことがうまく整理されたひとつのサイトをつくる。そういうことが、とても大切なことだと思います。

著者撮影(トビーさん跳ねる)
ロープめがけてジャンプ!

(城東のおっさん)

不況のせい

先日とある方と話していてたしかにと思った一言。「みんな不況のせいで業績が悪いと言っているけれど、本当に不況のせいならすべての会社が潰れるはず。でもこういう時期に売上を伸ばしている会社もあるってことは、本当は不況のせいじゃないと思うんだよね。」と。

たしかに、ユニクロ・楽天・ネットプライスなどの個人向け小売り業は、消費者の今のニーズをしっかりおさえて軒並み好調。とあるサービス業の方も、お店に来るお客はまったく減っていないとの事。

以前の会社でたくさん学んだことのひとつが、「悪材料を言い訳にせず、悪材料を前提に成長する計画を立てろ」という財務担当役員の方の言葉。それはけして保守的になると言うことではないし、悪材料がでなかったときはその悪材料がプラス要因になるのだと学びました。

同様に「先が見えない不透明な時代」という事も言われますが、いまだかつて先が見えていた透明な時代なんてあったのでしょうか。高度経済成長の時代に生きていたわけではないので知りませんが、その時代もきっと今日より少しでも良い明日をと求めて、必死だったのではないかと想像するのですが。

著者近影
ピンとぼけ

(城東のおっさん)

ウェブサイトの得意なこと。

一般的な企業内の視点で見ると、ウェブサイトは名刺や新聞広告やテレビCMのような、広告・販売促進費用というカテゴリとして扱われることが多いように思います。そのため、とりあえずウェブサイトを作るというときは、パンフレットや広告などの素材を再構成して、ということになりがちです。

間違ってはいないのですが、それはウェブサイトが得意とする分野ではないのではないかと思います。読みやすさやインパクトで言えば新聞広告やテレビCMの方がはるかに高いので、それと同じようなものを作って効果がないじゃないか、という話になると、そうじゃないよ、と言いたくなったりします。

ウェブサイトは、基本的に待ちです。新聞広告やテレビCMのようにお客さんの所に飛んでいったりはしません。そのかわり、自社のサイトを見ているということは、その時点で自社に関心を持ってくれている人が来ているわけです。マス(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)に比べると見てくれる人の数は少ないですが、見に来た人は「必ず」自社についてなんらかの興味を持ってくれているのです。

一番わかりやすいのは自社の商品をその場で買ってもらうEC(通販)ですが、保険のシミュレーションであったり、資料請求であったりと、その人がもった興味に応じてなんらかのアクションを返せることがウェブの得意なところなので、そういったアクションを産む、投資した金額分だけリアクションが返ってくる・端的に言えば利益を生むようなウェブサイトを作っていった方がいいのではないかと思います。

著者撮影(トビーさん ひっぱる)
ひっぱるトビーさん

(城東のおっさん)

さっぱり分からない。実に面白い。

偉そうに色々書いてきた上で正直に告白しますが、僕はマス広告についてほとんど知りません。その代わり、ウェブでのコミュニケーションとそれを実装する事に関するノウハウは、客観的に見てかなりの経験があると自負していることと、自分が自信過剰であることも認識しています。

様々なクライアント様の打ち合わせに他のスタッフと同行した際、ウェブに関する事は立て板に水で怒濤のように考え語ることが出来るのですが、たとえばCMだったりという話になると借りてきた猫に早変わりして、その分野のプロのスタッフの話をクライアント様と一緒に聞いています。

正直、分からないことだらけです。福井の媒体の価格やその効果に関する経験値もないですし、初めて聞く単語もかなり飛び交います。「やばい何言っているか分からない!?」と思うと同時に、それがとてつもなく楽しいのです。

この年になってこれだけ分からないことに出会えるって、ものすごく楽しい。打ち合わせの後にスタッフに聞いたり、会社にあるこれまで自分が買おうとも思わなかった本を読むことで、どんどん新しい知識が増えていき、それがこれまで蓄えてきたウェブの知識と化学反応を起こす。ガリレオ先生の気持ちが今、理解できました。

著者近影(福山雅治に似てると言われたことは一度もありません)
かっこつけたおっさん

(城東のおっさん)

バランスの話。

向上心と、感謝する気持ちみたいなものは、どうやったらバランスがとれるんでしょうか。よりいいものを、よりいいものを、と考えていると、どうしても今既にあるものを見ないようになってしまいがち。

他の人はうまくやっているのかもしれませんが、おっさんはときどきそこで悩みます。「失って初めて気づいちゃだめなんです」とは某ドラマで聞いてなるほどなぁとおもったんですが、人は失うまでなかなかそれに気づきにくい生き物であることもまた事実。

人(仲間の意味)はそのもっともたるものですが、環境だったり、空気(雰囲気の意味)だったり、そういうあたりまえにあるものが実は当たり前じゃなく不断の取り組みの積み重ねとして今存在しており、それが途切れたらすぐなくなるんだよとは、頭では分かっていても実感しにくいもの。

具体論のない精神論はあまり好きではないおっさんなのですが、こういう話はなかなか難しいし、ついつい忘れがちになってしまうので、せめて時々思い返せるようにと書いてみました。

著者近影(いよいよベールを脱ぐ!?)
横顔

(城東のおっさん)

立ち位置を知る的な話。

自社の実力と市場や競合というのは、完全に分けて考えるべきだろうと思います。たとえば自社がいくらがんばって性能100点で価格100円の商品を作っていても、競合が性能200点で価格50円の商品を作っていたらそれは負けますし、がんばって150点で150円になりましたと言っても、同じ事だろうと思います。

当たり前な事なのですが、見失いがちな事だと思います。全ての戦略や商品は市場環境をベースとして考えるべきであり、その市場の中で自社がどう行ったポジションにいて、どこに行くのかを考えることがベースになるだろうと思います。

もう一つ、ユーザ動向というのも、分けて考えるべきだろうと思います。インターネットには良い面もありますし、犯罪の温床となるような悪い面もあります。それに対して個人的に好き嫌いを持つことは自由だと思います。でも、企業や事業として考えたとき、マスからネットにユーザの接触時間が流れているという現実は、きちんと見極めておいた方が良いと思います。

沖縄でストーブを売っても売れないですし、みんなが携帯電話を持ち出した時代に固定電話は売れません。商品という表面上の事に固執してしまうのではなく、自社の核となっているものは何かということを確認し、それを軸として様々な市場環境に対応していった方が良いのではないかと思います。

著者撮影(トビーさん ご就寝)
寝るトビーさん

(城東のおっさん)

技術と思想

ここ数年、技術はもとより、その技術をどういった思想で使うかが大事だと感じるようになりました。ウェブの技術はそれこそ全てネット上に公開されていますし、同じようなデザイン、レイアウト、しくみは簡単にコピーできてしまいます。

今まで気づかなかったような斬新なサービスやデザインのサイトを見たとき、その見た目についてどうやって作っているのかと考えるのではなく、なぜその形になったのかを必死に考察する。

見た目だけをまねると、そこには思想がないので、形だけそれに合わせようとすることになります。コピー元のサイトと自分が今作ろうとしているサイトはサービス内容も事業構造も異なるので、そういうことをしてもうまくいきません。すぐ廃れます。

なぜそのサイトがそういう形になったのかという思想とアウトプットまでのプロセスを考察すると、作り手がどこで悩み、どういった事に気づきを得たのかを想像ですが感じ取ることが出来ます。他者から学ぶべき事というのは、そういう所ではないかと思います。

著者撮影(トビーさん カメラを見つめる)
はてな

(城東のおっさん)

やりたいこと、出来ること、求められること。

Business Media 誠:“ポニョ”を作りながら考えていたこと:「世界は美しいものなんだな」と感じてくれる映画を作りたい—宮崎駿監督、映画哲学を語る(後編) (3/4)

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—自分の作りたいものと、売れるものを作ってほしいと言われるプレッシャーとのジレンマを感じたことはありますか?

宮崎 アニメーションを作るのは個人的な努力だけではなくて、本当に面倒臭い仕事をいっぱいやらないといけないのです。個人的にも本当に膨大な作業量がなくてはいけないのです。それで「お金がもうからなくてもいい」というのは、嫌なことです。だから「これはもうからないな」と思ったものは手を出しません。みんなで不幸になる必要はないですからね。

「みんなでやってよかった」というものを探す責任を私は背負ってアニメーションスタジオにいますから、もしそれを背負わなくていいというのならアニメーションスタジオにいなくてもいいんじゃないかと思います。だからジレンマはありません。

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若い人は時々、自分のやりたいことと仕事の内容が合致しないと悩んでしまうことがあるのではないかと思います。僕も昔は時々思ったりしましたが、今は不思議と思いません。なんでなんだろうか、と考えてみました。

3つ、わっかみたいなものがあるんだろうと思います。「やりたいこと」と「出来ること」と「求められること」。「やりたいけどスキル的に出来ないこと」もあれば、「出来るけど求められていない事」もある。

その3つのわっかが重なった、「やりたいし、出来るし、求められている」仕事というものが、充実した仕事なのではないかと最近思います。最近は不思議とその3つが重なった仕事が出来ることが多いのですが、重なったときはとても充実しますし、だからこそ全力で取り組めると思います。自分の出来ることを増やしてそのポイントを追い求めていくのが良いのではないかと思います。

冒頭の宮崎駿監督の言葉は、ウェブにも当てはまるのではないかと思います。ウェブもアニメーションと同じくたくさんの人がかかわります。そこではやっぱり「みんなでやってよかった」仕事を追求していく必要があると思いますし、それは結果的にクライアントもよかったと思ってもらう成果を返せるのではないかと思います。

著者撮影(わが社の敏腕営業犬 トビーさん)
トビー

(城東のおっさん)

「福井に必要なウェブの形」への補足

昨日書いた「福井に必要なウェブの形」というエントリについて、少し補足です。「福井だから力を抜いてやればいい」と解釈されかねないのではないかと危惧したのですが、言いたかったことは「福井と東京は市場・環境が違うのであり、最先端とされているウェブの考え方でサイトを作っても福井では効果を生まないのではないか。」という事が言いたかったのでした。

ウェブ制作者であればAJAX(インタラクティブなウェブページ)やW3Cへの準拠(サイトのコーディング(作り方)を定めている世界的なルール)、SEM(検索エンジンマーケティング)など、最先端と言われていたり、ウェブ業界のなかで流行っていることをやりたいという気持ちはあると思います。

ただそういった業界の潮流をそのまま福井に持ち込んで自己満足に浸ってしまうのではなく、クライアントの業界構造、事業構造、利益構造、福井のサービス受益者の実態をきちんと考えた上で、本当にそれが必要なのかというのはきちんと自分の頭で一度しっかり考えてからやるべきだという事です。まっとうに考えると、東京より福井でウェブサイトを作る方が大変だという結論になるのではないかと思います。

これは福井でも東京でも同じ事ですが、自社で扱っている商品だからという理由でCMS(サイト更新のシステム)の導入をクライアントに勧めたり、クライアントの求めている内容が得意ではないからと自分の得意な分野だけ提案をしたりという制作者は論外ですし、いないとは思いますが、昨日のエントリを読んで「田舎な福井のクライアントだからこの程度で良いか」と思っているような制作者がいたら、いろいろと考え直された方が良いのではないかと思ったりしています。

著者とデムリンコ近影
著者近影
(城東のおっさん)

福井に必要なウェブの形

城東のおっさんは、福井に生まれて富山・新潟・石川に1年ずつくらいと、東京に3年ちょいほど住んでウェブの仕事をしてきたのですが、去年福井に帰ってきました。福井は寂れているとか、賑わいがないとか福井に住んでいる自分たちでも自虐的に言うことが多いですが、そんな福井は嫌いじゃないです。

たしかに電車の本数が少ないとか雪降ったらめんどくさいとか細かい不便はあるのですが、じゃあ街中に地下鉄が張り巡らされて人口が10倍の800万人くらいになって人があふれている、東京みたいな福井になったら住みたいかと言われるとそんな所は福井じゃないと思ったりもするので、色々改善点はあるものの、今の規模・空気感のままの福井であってほしいなと思っています。

一応強引にウェブの話題につなげてみると、東京の大きな企業は全世界・全国相手に商売をしていてその企業のクライアントは個人の生活者である場合が多いですし、その生活者も活発にネットを使っています。福井は製造業など企業間で取引している企業が多いですし、まだまだテレビや新聞といったメディアが生活者との接触点の多くを占めています。

その二つの場所で求められるウェブの役割は、自ずと変わってくのではないかと。大規模なシステムや高価なアクセスログ分析ソフトは誰も求めていないですし、そういった事がしたい制作者は東京に行った方が良いと思います(ノウハウためてちゃんと福井に帰ってきてください)。福井はそもそもネットに広告を打つより新聞に打った方がはるかに効果的な気もします。そういった点を踏まえた、福井で実際に使われる・活用されるものを作っていきたいなと思ったりしています。

著者近影(違う意味で)
著者近影

(城東のおっさん)

ネット広告とマス広告はベストコンビ

数年前に楽天がTBSを買収しようとして以来かどうかは知りませんが、ネットとマス(テレビ・新聞・ラジオ・雑誌)とはあまり仲が良くないようなイメージがあります。他方、減少を続けるマス媒体の広告費と、増え続けるネット広告費というニュースはお互いの現状を良く表しているように思います。

「仲が良くない」というよりは、「フォローしあえていない」といった方が適切かもしれません。ネットの人はマスは費用対効果が見えないと言い、マスの人はネットはメディアと呼べるほど成熟していないと言っていたり。双方を一緒にやっている企業が少ないせいかもしれませんが、なんとなく対立しているようなイメージ。

でも、お互いはお互いを必要としているように思います。ネット広告は費用対効果の明確化やターゲティングという「誘導・獲得」目的のマーケティングは得意ですが、ブランディングや潜在顧客(まだ自社のことを知ってもらえていないユーザ)へのアプローチというのは苦手な分野です。

その辺は幅広いユーザ数と年齢層にリーチしているマスの方が得意としている分野です。お互いがお互いの苦手な分野を補い合えるし、クライアントにとってもメディアの垣根を越えたユーザ視点のマーケティングができるのですから、マス・ネット・クライアントの三者がハッピーになれる道があるのではないかと思います。

(城東のおっさん)

コンバージョン至上主義の功罪

コンバージョン(CV)とは、ウェブサイトに訪れた人のうち、何人が申し込みや商品購入などそのサイトの目的とする行動を取ってくれたかを示す指標です。ECサイトを100人が見て2人が商品を購入すると、コンバージョン(CV)は2件で、コンバージョンレート(CVR)は2%です。一般的にこの数値は高ければ高いほど良いです。

しかし、それを追いすぎるのもいかがなものかと感じています。たとえば、ポイントを付けたりアフィリエイトを行えば簡単にCVRは向上するのですが、そのユーザは一過性のものですし、アフィリエイトを行うにも費用がかかっています。あまりCVRを追いすぎると、自社の商品やウェブサイトが疲弊します。

とはいえ、この話を言い訳にしてもいけないと思います。広告営業が出稿の成果が上がらなかったときにこの話を歪曲して持ち出すのでややこしくなるのですが、基本はやはり適切な客数、適切な利益というものがあると思います。それは時間をかけて、エンドユーザとクライアント双方が育てていくもの。

インターネットは良いのか悪いのか、全ての結果がデータで出ます。とはいえ人間の行動は全てデータに出来ません。たとえば会社で時計のオンラインショップを見てそこで購入しなくても、店舗に行って購入するというのは普通にあります。その場合コンバージョンは0ですが、きちんと利益が生まれています。

著者近影
著者近影

(城東のおっさん)

限界は自分の無意識下にある。

ウェブサイトは様々ありますが、その構成やレイアウト、機能はだいたい似通ったものが多いです。たとえばポータルサイト。Yahooもlivedoorもgooも、横3列に分かれて、中央揃えで、右上に広告枠があり、真ん中にニュースがある。細かい所でいろいろと違いはありますが、だいたい似たような構成です。

同じようなコンセプトとターゲットで、同じようなコンテンツを扱っているのである程度は似通ってしまうのはしょうがないと思います。奇をてらうことが目的ではないですし、突き詰めていくと同じような構成になるのはしかたのないことなのかなと思います。

と、考えてしまいがちですが。Googleが出てくるまで、インターネットの検索は人間が整理するディレクトリ型が主流でした。iPhoneが出てくるまで、携帯電話はみんな同じようなデザインの折りたたみ型ばかりでした。そもそも携帯電話が出るまでは、電話は一家に一台あるものでした。そして、その限界を超えたものは何れも大きな潮流を生み出しています。

言い訳をする理由はいくらでも作ることが出来ますが、同じような設計思想があふれて飽和し尽くしている時こそ、ブレイクスルーが起きる直前のタイミングかもしれません。そこで自分がどういうアプローチをとるかは、外部環境ではなく、いかに自分の思考の限界を外すことができるかに尽きるのではないかと思います。そしてそれは突然出来るものではなく、無数の練習の上で初めて逆上がりが出来るようになるのと同じで、日々の取り組みの結果だと思います。

(城東のおっさん)

インフォメーションアーキテクトというお仕事

城東のおっさんは、名刺の肩書きに「ウェブディレクター」と書いていますが、二つも付けると分かりにくいかなと思って外した肩書きがあります。それは「インフォメーションアーキテクト」というもので、実際のお仕事でも「インフォメーションアーキテクチャ(Information Architecture:情報アーキテクチャ)」にかける時間が大半を占めています。

「インフォメーションアーキテクチャ」と「インフォメーションアーキテクト」というのは「デザイン」と「デザイナー」と同じで、前者は分野の名称であり、後者はその分野を担当する人のことです。では、インフォメーションアーキテクトとは何かというと、情報をわかりやすく伝え、受け手が情報を探しやすくする事を考える人です。家を建てる場合で考えると、住む人のライフスタイルに応じた家を考える設計士に相当します。

ウェブサイトに掲載する情報を整理してユーザが必要とする単位でグループ分けし(サイト構成)、そのグループにユーザが使う言葉で名前を付けて(ラベリング)、ひとつの画面の中にユーザの視線をシミュレーションしながら情報を配置して他ページとの遷移も考慮する(画面内情報設計)、という事をやっています。クライアントの伝えたいことを、ユーザの知りたい形に整理しなおしてあげるとも言えるかもしれません。

しかし、インフォメーションアーキテクチャだけを考えていると落とし穴があります。それは今目の前にある情報だけで物事を考えてしまうという事。そもそもこのサイトは誰のためにあるのか、その人が必要としている情報は用意できているのか、クライアントにとってコストパフォーマンスの高いサイトになっているのか。そういった事を考えるディレクション業務とのバランスが、大事なのかなと思います。

著者近影

城東のおっさん

(城東のおっさん)

グラフィックデザインとウェブデザイン

ウェブサイトをデザインする人は、ウェブデザイナー。ポスターやCI(企業のロゴなど)をデザインする人は、グラフィックデザイナー。両者とも、どうやってクライアントの意図をビジュアル表現で伝えるかを生業とするという意味では、同じだと思います。

ただ、ウェブはグラフィックと違い、見るものではなく使うもの。どんなに綺麗なページでも、リンクの場所が分からなかったり、ユーザのアクションに対して親切な誘導がなかったりすると、その価値はほぼ無いのではないかと思います。

とはいえ、ウェブデザインは、グラフィックデザインから学ぶべき所が多々あると思います。ページレイアウトであったり、タイポグラフィ(文字の表現)であったり色づかいであったり。そういった所は生まれてから10年程度しかないウェブデザインの世界とは違い、たくさんの蓄積があると感じます。

「使いやすいけどみすぼらしい」、「綺麗だけど使いづらい」という何れか片方に振れたデザインというのは、デザインと呼べないのではないかと思います。その両者をひとつの形にするのがデザインであって、その意味ではグラフィックデザインとウェブデザインはお互いに学べるところがたくさんあるのではないかと思います。

(城東のおっさん)

SEOで1位になれなくても。

今ではウェブサイト構築において標準サービスとなった感のあるSEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)ですが、ちょっと前まではGoogleやYahooなどの検索エンジンでいかに上位にランクインするか、全員が異様に競い合っていた感がありました。現状ウェブでなにかアクションを起こすとき、ユーザはかなりの確率で「検索」からスタートしていているので、大事なのは確かです。

ただ、一方でとても不毛な感じもします。GoogleやYahooという一企業が決めている検索結果を表示するルールに一喜一憂し、それらの企業が結果表示のルールを変える度に追随しというのでは、なんのためにウェブサイトの運営をしてるのかよく分からなくなります。ある程度検索結果の上位に来ていればそれを維持する程度でよく、1位に固執しすぎる必要はないのではないかと思います。

3位や5位でも十分勝機はあると思います。インターネットユーザの多くは、自分に最も適したサービスを求めて検索結果に表示されたページを順番に「比較」していきます。時計を欲しいユーザであれば、1位のページを見て価格を確かめ、2位のページをみてどちらが安いか調べるという「比較」のプロセスをよく辿ります。

つまり、順番は最初ではないけれども、2番目3番目には見てもらえるわけです。と考えると、競合のサイトが1位で自社のサイトが3位なら、競合のページを詳しく分析し、自社のサイトでは送料を無料にするとか、即日配送をアピールするとか、いろいろと方法はあるわけです。1番になれなかった場合でも、2位には2位なりの、3位には3位なりのやり方があるのではないかと思います。

(城東のおっさん)

好きな人の前で素顔を晒すこと。

統計を取ったわけではないですが、インターネットの普及率と企業の内部告発や不祥事の件数は、比例しているのではないかと思います。これまでは企業にとってネガティブな事の発覚は主にジャーナリズムの仕事であって、一個人が不正や問題のある対応を受けても世間に向けて発信する方法がなかったわけですが、インターネットでそれが可能になりました(なってしまいました?)。

最近になって発覚しているたくさんの偽装や問題は、それが表に出なかっただけでおそらく昔からあったんだろうと思います。隠れてズルをしていた企業にはつらい時代になりましたが、まっとうにサービスを提供している企業には、自社の良い点が広まりやすくなっていると思います。

そんな時代の中で、広告やウェブサイトはどうあるべきかと考えてみると、綺麗に着飾った実像以上のCMや広告を打つことは簡単ですが、実際にサービスを利用した人がその大きすぎる虚像が原因でかえって実際のサービスにギャップを感じ、ブログやレビューサイトにネガティブな印象を書き込むことになってしまえば、その綺麗なお化粧は自社の印象を悪くしているだけかもしれません。

提供しているサービスの内容によってケースバイケースではありますが、自社の良いところも悪いところもすべて織り込んだ等身大の企業像をひとつのメッセージにし、テレビCMや新聞広告やウェブサイトなどのメディアに応じた形で伝えていく方が、利用者は親近感や誠実さを感じやすいのではないかと思います。だれしも好きな人の前ではちょっと背伸びをしてしまうように、素顔を晒すことは着飾ることよりもはるかに難しく、勇気がいることなのですが。

(城東のおっさん)

おっさん現る。

はじめまして。

今年から真空ラボに入りました、
城東ではたらくおっさん@いわさきです。

真空ラボの中では、インターネット関係のお仕事、
ウェブサイトの制作やマーケティングなどを担当します。


入社早々、その落ち着き払った風貌から、
最年少おっさんの名を拝命いたしました。

風貌はおっさんでも気持ちは若いんだとアピールしたのですが、
20代のかよこ嬢から一緒にされては困ると言われてしまいました。。。


42歳と真空ラボ最年長ではありますが、
若さでアタックしてがんばりたいと思います。
みなさまよろしくお願いいたします。

(城東のおっさん)