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会社員だった頃から、
ずっと私の机上に立てられている本があります。
『広告のバックボーン copycapsules ハル・ステビンス著』

いつの頃からか随分と色褪せ、
天、地、小口は、
特に濃いカーキに染まってしまっています。
何年か前に、ページが分散するのを恐れて、
保護のつもりでセロハンテープを貼ってしまった縁部分は、
まるで錆びたような印象です。

この本の背を見つめるたび、
いつも、申し訳なさとともに、
届ける当てのない感謝の思いで、
胸が詰まります。

今から十三年前の夏。
コピーライターの肩書きは持っていたものの、
機能するフレーズの一つも絞り出せず、
自分に対して、いつも苛立ちを覚えていました。
すがる気持ちで電話したのは、
愛知県春日井市にある母校の広報課。

大学時代、サークルの活動でほんの少しお世話になったという、
今思えばとてつもなく失礼なきっかけを持ち出して、
一人の男性を頼りました。

「とりあえずお出でなさい。会って話をしましょう」
貰ったありがたい言葉を蜘蛛の糸のようにたぐり、
特急に飛び乗りました。
久しぶりに足を運んだ大学で待っていてくれたその人は、
以前より目尻の皺が増えていた記憶があります。

様々な思いをストレートに伝えると、
その人は、おもむろに立ち上がってロッカーの扉を開け、
中から一冊の本を取り出すと、私に差し出しました。
「まずはこれを読みなさい。ぜんぶ詰まってるから」

ロッカーを開ける際に私へ向けた大きな背中が、
なぜか妙に印象的でした。

本について少し話した後、
その人は、私にコピーライティング専門の制作会社を
紹介してくれました。

二年ほど働かせてもらった後、
私は家庭の事情で帰福したのですが、
あの期間の勉強が今の基盤になっているのは、確かです。

福井に戻ってからは、
その人に、お中元とお歳暮を贈りました。
貰った恩へのお礼として相応しいとは
とても言えませんでしたけれど
何かせずにはいられなかった。

しかし、二度ほど贈った後だったでしょうか。
その人から一通のハガキが来ました。
「いつもありがとう。でも、今後は遠慮します」
お礼をする手段を打ち切られ、とても残念な思いでしたね。
でも、同時に、机上を見つめながら決心しました。
「一人前になったら、この本を持って挨拶に行こう」

それから三年後でした。その人の訃報が届いたのは。

あれから、一人前になれたかどうかはわからないけれど、
この本はいつもそばにありました。
再び会社員となった時も、独立した時も、会社を設立してからも。
変わらず、眺めるたびに、そっと背中を押してくれます。

(年明け早々湿っぽくてすいません。
 でも何だか急に思い出してしまって)

とある大学のお仕事の話から。

学生たちの卒業研究を取材し、
記事としてまとめていく企画が
毎年あります。

どの学生の研究もハイレベル。
それを入学を希望する高校生が読んでも
理解できる内容へまとめるのには、
いつも骨を折っています。

まぁ、コピーの制作が
大変なのはさておき(置いていいのか?)、
いつも感動していることがあります。
それは研究者の姿勢。
特に理科系の学生たちの眼差しです。

彼らが取り組んでいるさまざまな研究課題は、
どれもが、遙かに続く研究の足取りの一部。

先輩から受け継いだ研究を
さらにほんの少しでも先へ歩ませ、
後輩に受け継いでいく。

たとえ微々たる前進でも
一人でもその存在が欠ければ
大いなる研究は先に歩を
進めることは成りません。

ほんの少しずつ、深く、高く。
現代のあらゆる便利なものたちは
こうして生まれてきたのかな、なんて思います。

学生たちの卒業研究から
そんな世界が垣間見えて、
毎年、こっそりドキドキしています。

と、同時に、
広告というはかない行いに対しても
いろんなことを思います。

確かに一つひとつの広告はパッと咲いて
散ってしまうけれども、
降り積もった花びらは、
必ず何かを作り上げています。

自分たちの行いが
常に何かから受け継がれていること
そして何かに受け継いでいくこと。
それを考えながら行わなければいけないのは、
きっと僕たちも同じ。

そんなふうに思って日々を送りたいと願います。

(虎)

「つながる」

と書くと、きっと多くの人が
前向きな連想をするのではないんでしょうか。
そう考えると、とても素敵な言葉です。

ただ、近頃、そうは思えなくなってきた自分が、
ひょっこり顔を出しています。

「つながる」ことは確かにいろんなものをくれます。
情報へ、場所へ、人へ、近い場所を与えてくれて、
欲するものへ、文字通り、至極かんたんに
「つながる」機会をもたらしてくれます。

けれどもその環境は、
人によっては、いつでも
「つながる」ことのできる大きな安心と引き替えに、
多くのものを奪っていきかねないのではないかな、
とも、思うのです。

今、「つながる」ことができないことは、
きっと大きな不安です。

もし「つながる」術を失えば、
自分の居場所まで失いそう。と思ってしまう人は、
少なくないんじゃないでしょうか。
もともとあったはずの自分の居場所を、
いつのまにか、つながりの中へ
引っ越しさせてしまったものはなんなのでしょうか。

できれば、かんたんに「つながる」ことができるからこそ、
つながっていない自分を大事にしたい。
目を閉じて耳を塞ぐ勇気を持ちたい。
声を発しない忍耐力を持ちたい。

人に情報を届け、
人の生活に関与する広告の仕事をしているからこそ、
最近、自戒も含めてよく考えます。

つながらないことを味方にできてこそ、
つながることを強みにできる。

個人的には、そう思ったりするのですが。

唐突ですが。
僕が思う、
うちの作り手たちの
いいところをひとつ。

それは、
「最高のそれなり」を
つくれるところ。

広告には目立つことが
常々求められます。
でも、それは決して
奇をてらうことには限らない。

目的は、目立つことではなく、
情報を求める人に
まちがいなく届けること。

奇をてらわないと
広告できなくなっている体質は、
逆に危険だと思う。

その点、
うちの作り手たちは、
限られた素材で
手を変え、品を変え、
「それなり」の最高点を目指す。

そしてもちろん
奇をてらうべき時は
全力で型を破る。

最近、見たことのないものを創る人を
指すように聞こえるクリエイターという
言葉に違和感を感じる理由でもあるかも。

すいません、
手前味噌な話でした。


初詣で足を運んだ神社で、
お祈りを終えて階段を下るときに、
すこし高い声で姉が祖母に言った。

「長いお祈りやの。何をお願いしてたの?」

すると、祖母は
当然でしょという表情で応える。

「あんたらはだいじな時やし、
 お母さんの身体のこともあるし、
 お父さんは今が一番大変な時やし、
 ほかにも、
 お隣の奥さんの病気も心配やし、
 友だちがぼけてきたのもあるし...」

まだ続きそうな返答を
顔をしかめながら話す祖母に
姉は少し笑いながら言う。

「あははは。自分のこと、
 お祈りするの忘れてるんじゃないの」

続けて周りにいた
僕を含めた家族も笑った。

「年とると、お祈りしないといけない人がふえるんや」

一仕事終えたふうに
すっきりした表情の祖母も
ちょっと笑っていた。

あれが何年前の初詣だったかは、忘れた。

でも記憶に残ってるのは、
どこにでもいる普通のおばあちゃんだった、
祖母の葬儀に、
想像以上の数の人が参列したこと。
僕ら家族が見たことの無い人たちが
たくさん足を運んでくれたこと。

神社の仕事をしながら、ふと思い出した。


ノートの新しいページを開いたみたいに、
外が真っ白になりました。

社内でも、外でも、twitterでも、
ふりつづく雪の話題で持ちきり。

雪のふるのが楽しみじゃなくなったのは、
ずいぶん昔のこと。
でも、その良さをほんの少しだけ
感じるようになったのは、
ここ最近のことかもしれません。

ある、仕事で遅くなった夜に、
会社を出ると、地面には分厚い雪。
やばいなあと思いながら駐車場に向かうと、予感は的中。
待っているのは、
生クリームをたっぷり乗せたような愛車です。

雪落としをクルマに積んでいない自分に
がっかりしながら呆然としていると、
聞こえてきたのは「どうぞ」という声。

隣の駐車場を借りている人が、
雪落としをにょきっと差し出してくれています。

「すいません」と言いながら受け取ると、
「急に降りましたよね。タイヤ換えてない人、多いんじゃないかな」とその人。
すいません、の返事にはなっていません(笑)。

今まで、すれ違っても軽く会釈するくらいで
言葉なんか交わしたことは無かったのに、
ずいぶん前から知り合いだったみたいな会話。

もちろん、話はそれ以上の内容に発展することはなく、
雪を落とし終わったら、二人とも帰宅の途へついたわけですが、
ちょっと不思議な気持ちになったのを覚えています。

雪がふっただけで生まれる連帯感。
誰もが、知らない人に対して壁を作りがちだけど、
実は気持ちなんて、こんな簡単に通じ合う。

道は渋滞になるし、積もった朝は大変な雪ですが、
ほんの少しだけその良さを感じることがあります。

と書いてる間にもどんどん積もってる・・帰ろっと。

(虎)

朝、家を出て
駐車場に向かって歩いていると、
目に入ったのは、
庭で雪吊り作業をしているご近所さん。

しかし、いつ降ってもおかしくない
このタイミング。
今になって慌てて始めたのかなと思いながら、
ほんの少しだけ
立ち止まって眺めていました。

よいしょ!っと、背の高い棒を立てて、
そのてっぺんから縄で枝を吊していく。
一本、また、一本。
きっと何年もやってきたことなのでしょう。
手際がいい。

でも早いだけじゃないんですよね。
どこかあったかさを感じる。

枝をまいてつり上げる動作が
何となく、子どもに服の袖を通させる
お母さんみたいに見えるからでしょうか。

おじさん、なんですけどね。

雪吊りの準備を終えた木たちは
北国ならではのオブジェのようで、
それはそれで僕は好きです。
でも、雪吊り準備の風景も、またいいです。

一つの目的を持って
生まれたモノの姿が機能美。
使われることで美しさを見せてくれる
モノの姿が用の美。
ならば仕立て中の雪吊り作業は、
準備の美、「準美」とでもいいましょうか。

何かを大事にする気持ちから
生まれる美しさが、
毎年この季節に描かれる国、福井。

そう思うと、
雪国もまんざらじゃあないなと
思ってしまいました次第です。
(会社、すこし遅刻しちゃいましたけど)

(虎)

11月末。

はぁっと吐いた湯気のような息。
もはや背景を雪景色にしても違和感のない、
道行く人たちの服装。

ついこのあいだまで
暑い暑いと言っていたのに、
いつのまにか年末の足音が聞こえています。

仕事でなんとなくばたばたし、
家庭でもほんの少しそわそわ。
でも、どこかわくわくしている様子があります。

年末の迎え方はそれぞれですが、
生きてきた年の回数だけ経験する年中行事。
でも、毎回、気忙しくなり、
また、心をおどらせる。

何でもかんでも
みんなすぐに飽きてしまう中で、
毎年やってくる行事を味わえるのは、なぜでしょうか。
それはひょっとしたら、
歳をとっているからなのかもと最近思うんです。

歳をとるたび、
世の中が変わり、周囲の関係が変わり、
身体的な状況が変わり、考え方が変わり、
持っている夢や希望、悩みも変わる。

だからこそ決して飽きずに
その年その年、いやその歳その歳の年末を
過ごせるのかなと思います。

年末よりも歳末という呼び方のほうが
親近感を覚えるのは、
「歳」が年齢を表すことによく使われるから
という理由だけではなさそうです。

さて、今年の歳末。
できれば、今の歳に立つ自分に喜びたいところですが
残り一ヶ月で何ができるでしょうか。

(虎)

ある大学の大学祭実行委員会
(大学祭の企画や制作、運営を裏方でやる係)をしていた
学生との会話。

「大変だった?」

「大学祭をつくる際の、大変なこととか、
 やり終えた後に感じる達成感とか、
 最初からだいたい予測はしてたんですけどね...」

最近の若い子たちには
(っていう僕は老けたなあ)
誰かが「悟り世代」などとネーミングするくらい、
何かをやる前から、やれば得られるものや
やれば失うものを悟っている子が多いと言われます。

これには僕にも実感がありました。

仕事で高校生の取材などをした際に、
自分がこれから歩む道の先にあることを
やたらと見通している子が多い。

ただ、大人以上に賢いなあと思う反面
違和感も覚えていたんです。

当たり前のことだけど、
何か初めてのことに取り組む時には
想定外のことが起きる。

ひとつのプロジェクトを遂行する道に、
思ってもみなかった、
自分では乗り越えられない障壁が
次々と立ちはだかる。

でも、その時の自分が乗り越えられない障壁も、
自分が成長することや誰かの手を借りることで
乗り越えることができる。

この時点で、自分の中に残っている最も大きな存在は、
きっと、考えてもいなかった努力のエネルギーや、
考えてもいなかった誰かの助力。
終わってみると、それがすべてになっていたりするんですよね。

「すでにわかっていることなんて、
ほんとちっぽけで。」

そう言って恥ずかしそうに笑う元大学祭実行委員の子は、
決して大人びてはいませんでしたが、
これから得るものが計り知れなくて、想定なんかできなくて、
やっぱり若いっていいなあと
思ってしまいました。
(やっぱり老けたなあ。苦笑)

(虎)


「自分で気付いてほしくて、
言わなかったよ。」

先日、とある友人が、
自らの夫婦間の問題について
語っていた際に出た言葉。

その時、
「言いたかったけれど、言わなかった。」
という瞬間は、
一日の中に何回くらい
あるのかなとふと思いました。

思ったことはすべて言わずにいられない。
という人もいるだろうけれど、
そうじゃない人のほうが
多いんじゃないかと思います。

気持ちの奥から
ざざっと押し寄せてきた想い。
その波は
言葉になって口から出ようとするけれど、
誰かのために、もしくは、
何かのために、気持ちの中に押しとどめる。

思ったことを発しないのは、
「ため込む」「抱える」みたいで、
ストレスをつくる原因のように受け取られやすい。
でも、それだけじゃないと思うんです。

言わなかったからこそ、
防ぐことができた。

言わなかったからこそ、
わかってもらえた。

言わなかったからこそ、
分かち合えた。

「言わない」ことで
より強く伝わる言葉を
大切にしたいです。

(虎)

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