広告づくりに携わっている多くの人が、
先輩から「客観的にモノを見なさい」と
言われたことがあるのではないでしょうか。
一般的にどう見られるか。
を大事にしなさい、と。
でも、がんばって
広告づくり人生を歩んでいくと、
気づくんですよね。
あれ?
客観性は、客観性のままでは
形にできない、と。
そう。
客観的な情報は、データとして収集した後、
自分の経験やアイデアをつかって料理しないと、
そのままでは、広告として発信しても
機能しません。
つまり大切なのは
客観を料理できる主観。
そんなことを考えていたら、
昔読んだ一冊の本を思い出しました。
広告とは、「すれちがい」を
「良い出会い」に変えることなんだと思います。
いきなり何を言い出すんだと
思うかもしれませんが、
事務所の窓から、車のすれ違う道路を
見下ろしていてふと考えました。
情報に触れる機会が溢れ、
能動的に出会いを求めれば、
かなり高い確率で結ばれることのできる現代。
人や企業は常に「すれちがい」をしていると考えます。
街の中で、建物の中で、ネットの中で。
見えているのに、見えていない。
それが普通の状態です。
擦れるほど近くを通っているのに、通り過ぎる。
だからこそ、タイミングよく声をかけることができれば、
すぐに知り合うことができると思うのです。
問題は、声のかけ方。
第一印象はなかなか消えません。
悪い出会いをしてしまうと、ずっと後を引く。
逆にいい出会い方ができれば、
ちゃんとそれなりの見方をしてもらえる。
だから、
ただ、声をかけるだけではいけない。
悪い出会いをするくらいなら、
すれちがっているままの方が良いかもしれません。
皆様、ぜひ良い出会いを。
誰にでも、自分の生活をつくっている
リズムの軸というのがあると思います。
いちばんわかりやすいのが食事。
コーヒーtimeとか、犬の散歩とか、
ジョギングとか、音楽を聴くとか。
きっと人それぞれあるはず。
最近の僕は、
このブログがそんな存在に
なってきています。(やっと)
一日の終盤にブログを書くことで、
次の日のリズムにつながる。
今日もしくは今日以前に気づいたことを
文章化することで、
明日とるべき行動のために
リズムを合わせているような。
そんな感じでしょうか。
でも、今後はこの軸を
もうひとつ増やしてみようかと。
まだ秘密です。
「コピーを広告のための特殊な言葉のように捉えないこと。
その姿勢のみがコピーライターの未来を作ると思う。」
コピーライター養成講座50周年記念号、
「コピーライター、書く語りき。」で、
アートディレクター原研哉氏が語っていたフレーズです。
見たもの、感じたものを
誰かに的確以上のイメージとして伝えるために
自在に使える言葉を磨くことこそ大切と、氏は言います。
確かに、世の中の広告に関係ない人たちに語りかけるのに、
広告のための特殊な言葉は不要。
広告を、広告として受け取る術を
多くの人、いやすべての人が身につけている今だからこそ、
コピーライターは、自らの書く言葉について
あらためて考えなければいけないのかもしれません。
とあるラーメン屋で、
餃子をほおばっていたお昼のこと。
隣のテーブルから、
とても興味深い会話が聞こえました。
カップルらしい男女。
餃子を注文しようとする女性に、
男性が言います。
「え、餃子頼むの?こんな時に」
すると女性はひとこと。
「こんな時ほど、安心な時はないでしょ」
確かに。
今ほど、餃子の材料に
気を使う時はないと思います。
不安は安心をつくる。
と考えると、
こりゃ餃子の話だけに納まらないなと
思えてきました。
昨年から続く、いろんな不安は、
ひょっとしたら、
本物の安心が生まれる前触れなのかも、と。
これから、
本当に安心で安全なものを一生懸命つくる企業が、
ちゃんと評価される時代がやってくるんだ、と。
ポジティブ過ぎるかもしれませんが。
ホームページ開設以来、
ずっと沈黙を続けてきたコンテンツ、works。
「まだなの?」
「いつ載るの?」
「ひょっとして何もやってないの?」
・・・などの声をいただき続け、
この度、やっと公開できました。
そのせいかアクセス数は、
今までに見ない異常な伸びに。
大きくビックリしながら、
ややブログの無力さを感じてます。
今後、どんどん更新していきますので宜しくです。
最近、「で」を入れようキャンペーンを
ひとりで実施中です。
「そうすか」
「まじすよ」
「ほんとすね」
「くさいんすよ」
を
「そうですか」
「まじですよ」
「ほんとですね」
「くさいんですよ」
にする活動です。
僕を含め、多くのおじさんが
「で」抜きコミュニケーションを
行っている気がします。
勢いに溢れた体育会系の若者の皆さんが、
よく、「〜ッスよ」と言いますが、
恐らく、これと同様ではないでしょう。
逆に、なるべく体力を使わないように、
「で」を抜いているのではないかと思われます。
おなかにチカラを入れて、
「で!」と言う。
これ、メタボ対策にもいいんじゃないかと、
密かに思ってます。
週末、家族とテレビを見ていると、
ドラマの途中にTVCMが流れました。
化粧品か何かのCMだったと思うのですが、
それを見た母が過剰に反応。
でも、すぐに父が「広告だからね。」と、ひと言。
「そうね」と返す母。
よくあるシーン、よくある会話ですが、
広告制作者にとってこれは、
真摯に受け止めねばならないメッセージです。
父が言った「広告だぞ。」には、
「広告だから本当のことじゃないんだぞ」」と
いう意味が含まれています。
いわゆる消費者の広告フィルター。
これを通り抜けない限り、
僕らの仕事は達成されません。
よく「広告は見られない」というけれど、
「広告は、信じられていない」とも言える。
信じてもらうために、何ができるか。
表現を開発する前に考えなければいけないことが、
たくさんある、ということ。
















