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先日、ある地元の後輩から、
「仕事、うまくいかないんすよ。やめようかな」
というようなことを言われて、ふと考えました。

今の若い人って、
「帰る場所」はあるのかな、と。

いや、自宅のことではなくて。

行き詰まったときや、
困ったとき、
悩んだときに、
立ち返る時間的な“地点”のことです。

僕ならば、
コピーライターになってまだ3年目ぐらいの頃。
名古屋のコピーライターの事務所で
働いていたときのこと。

がむしゃらにやってるわりには、
何をやってもうまくいかなかった頃。
でも、その時のことを思い出すと、
大抵のことは乗り越えられるような気がします。

自分の今を乗り越えられるのは、
自分しかいないわけで。

「ちょっと力を貸してくれよ」と、
自分の力を借りに行く過去があることは、
きっと大事なことなんだと思います。

「やればできる」という言葉。

最近は、これって、
ちょっと無責任なフレーズなんじゃないかと
思い始めています。

可能性は確かに
あるかもしれないけれど、
やって成功することを保証しているわけでは、
当然、ありません。

でも、子どもの頃は、
けっこう勇気をもらった気がします。

そして、たいていのことは、
言葉通り「できた」ような気も。

ただ、大人になるにつれて、
いくら「やればできる」と言われても、
なんでもかんでもできなくなってくる。

その理由は、できれば
自分に本当に必要なことだけに、
自分の時間は使いたいから。

いや、正しく言えば、
自分には向いていないことに
限られた時間を費やしたくないから。

なんて言うと、
好奇心がない、とか、
チャレンジ精神がない、とか言われそうだけれど。

他人の「やればできる」に惑わされることなく、
ただ一つの道を選ぶことは、
自分の中に勇気をつくることが
できるようになった証拠だと思うのです。

言いたくないけれど、
企業という「人間」も同じだと思う。

もちろん、
成果物に載って、
多くの人に届く声が最も大事なのだけど。

その成果物を世に送り出す、
原動力ともいうべき、
クリエイティブな力には、
とても大きな必要性を感じます。

特に、クライアントの活躍。

広告制作というと、
どうしても、制作サイドの動きばかりが、
目立ってしまうけれど、
良い広告の裏には必ず、
クライアント内のキーマンの活躍がある。

自社の商品やサービスの志を設定し、
とるべき進路をちゃんと見つめてる。

そのために、信じられるものが生まれるまで、
制作サイドと詰めるし、
信じたモノが生まれてくれば、
制作側に立って、クライアントを動かす。

まさに、見えないクリエイティブだと思う。

先週行われた「元気企業フェア」内、
「つくったのは、私です。2008」展。

お陰様で、
大盛況となりました。

多くの方が、
すっと通り過ぎるのではなく、
じっくり中身を読んでいてくださっている光景を見て、
「やってよかった」と手応え。

それぞれのボードの前に置いてあった名刺なども
さくっと無くなっていてびっくりしました。

お忙しい中、
足を運んでくださった皆さん、
誠にありがとうございました。

夜、仕事をしていると、時々、
外から奇妙な歌声が聞こえます。

いや、もうお盆も過ぎましたから
怪談とかでは、ありません。

うちの会社は、
大通りではなく
いわゆる、裏道に面して建っているので、
気を抜いて、歌いながら帰る人が多いのです。

会社の帰り、学校の帰り、遊んだ帰り。

どこからの帰路かはよくわからないけれど、
とにかく、帰り道の歌が
開け放した窓から入り込んでくる。

どこかで聞いたことがあるのですが、
家への帰り道、というのは、
ほとんどの人が良い気分なのだとか。

他人の目をやたらと意識しすぎて、
ときどき息が詰まりそうになる昨今だけど。

誰かの「帰り道」になれる
広告会社でありたいと思う。

今日から始まる、
ふくい元気企業フェア内、
「のぞく つくったのは、わたしです。2008」展。
http://http://www.fisc.jp/genki/2008/#container

昨日、施工が終わったスペースを
ちょこっとのぞかせてもらいました。

手前味噌ながら
今回の展示の趣旨である、
「クリエイトの途中をのぞく」が、
しっかり実現されており、若干感動。

出村氏、荒木氏、そして参加者の皆様、
ひとまずお疲れ様でした。

できるだけ多くの方に
見てもらえたらいいなぁと、
期待しています。

当日は、支援センター内に、
福井県内から、
タイトル名の如く元気な企業が集まります。

昨日は、
その展示準備も行われていたのですが、
みなさん、なかなか活気に溢れている。
当日は祭りみたいになるんじゃないかと考えてしまうくらい。

企業とは「企む業」だけど、
「気の業」でもあると思います。

ぜひ、あなたも「気」を感じに
足を運んでみてください。
いい気分は伝染しますから。

やりたいと思っていた
仕事が入ってきたり。

会ってみたいと願っていた人と
話す機会ができたり。

頭のどこかで思い続けていると
「ふと」かなうことってよくありますよね。

あれは、
表面的に自覚していなくても、
潜在意識の中で、
常にアンテナを張っていることで、
起きる結果と、聞きます。

つい先日も、
その現象がありました。

「こんな本があったらいいのにな」と、
思いながらも、表面的には忘れていた本と、
本屋で出会いました。

どこかで強く思っていれば、
勝手にサーチしてくれるこの機能、
誰にでも備わっている才能なのだと思うけれど。
あらためて、便利です。

今の時代、
根性論なんて、
もはや流行らないけれど。

熱さというのは、
大切だなと
最近よく思います。

人はいつも、何かしら、
熱くなれるモノを探していて、
共感する部分があれば、
いっしょに燃焼したいと
思っている気がするのです。

でも、こんな時代において、
「絵に描いた餅」を食べるために、
いっしょに燃焼する人はいない。

できれば、
裏付けのある物語の中で
いっしょに燃えたい。

だからきっと、
根性論がいらないわけではなく、
クールな根性論が
求められているじゃないかなと思う。

ややこしいけれど。

最近、ちょっとお気に入りの広告があります。

若者の自殺抑制を目的に発信されている、
ACの「生きている証」というキャンペーン。

従来「弱すぎる」とか「もうちょっと、がんばれよ」とか
「昔のほうが辛かった」などは、
ワイドショーのコメントや、
著名人の書籍で、嫌ほどあった。

でも、ちゃんと若者の想いに向き合ったCMは、
僕が知る限りでは、これが初めてなんじゃないかと思う。

おそらく、子どもたちは、
つらいからじゃなくて、
つらい時間を越える価値が解らないから、
未来をあきらめる。

大人の勝手な推測ではなく、
本音を的確に拾い上げた良い広告ですよね。

親にも、
強く届いていることだと思う。

http://www.ad-c.or.jp/campaign/self_all/04/index.html


今朝、コンビニへ行った際のこと。
一人の少年が、
いったん駐車場に停めた自分の自転車を、
店の軒下あたりに移動させていた。

ピークの通勤時間はもう過ぎているけれど、
「もしクルマが来たら、邪魔になる」と考えたのだろう。

別にこれといって、
目新しいことではないのだけれど、
これって、想像力だなと思った。

想像力、というと、なぜか
特別な、社会を動かすチカラのような印象がある。

でも、決して、楽しい、すごい、面白いアイデアだけが、
想像力ではない。

想像力は、いつも生活の中で使われている。

「ぬれた傘をそのまま満員電車に持ち込んだら、
 中の人に迷惑がかかるだろうな。」

「ゴミを分別せずに捨てたら、
 ゴミ収集の人が困るだろうな。」

「早く帰らないと、
 親が心配するだろうな。」

どれもこれも想像力。

つまり、想像力とは、
誰かの視点に立って思いやるチカラなんだと思う。
「社会を動かす」という点では、
あたっているかもしれないけれど。

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